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鳴動56

 竹下は倉野の元から向坂の元に戻ると、

「あっちも順調そうでした。工具類はダメです」

と状況を説明した。

「そうか。とにかくこっちはカメラだ。時間的にはまだ35分程度だから弁護士が来る前に確保できると思うが……」

と時計を見た。

「駐車場のところで待っていましょうか?」

竹下の提案に頷く向坂。二人は階段を降り、1階の事務室を抜けて駐車場に出た。高木達も外に出ていた。

「カメラの件ですか? どれくらい待ちます?」

高木が向坂に尋ねた。

「結構ここから近いらしいから、そんなに掛からないと思う」

と答えた。誰彼問わず、落ち着かない様子でタバコを取り出し火をつける。タバコを吸わない大場は貧乏ゆすりをしていた。先ほどまで晴れていた空は、いつの間にか、やや曇天模様になりつつあった。やや湿度も感じる。夜には雨になるかもしれない。竹下はそう思った。

 平尾の到着は竹下が考えていたより遅くなっていた。待たされる方は尚更そう感じるが、実際予想していた時刻は既に過ぎている。

「4時20分か」

向坂は時計を見ると、そう呟いた。

「遅いな……」

高木も舌打ちする。

「入ったのが3時半。まだ大丈夫ですよ」

竹下は通りの向こうを凝視したまま言った。そして、向坂が再び時計に目をやり、顔をあげると、駐車場に車が入ってきた。フロントガラスには確かに平尾の顔が確認できた。

「間に合ったな」

向坂の一言を合図にしたかのように、8人の刑事が駐車しようとバックしている車に、餌に群がる魚のように集まって行った。平尾はドアを開けて出てくるや否や、8人の刑事に囲まれて、明らかに怯えた様子に見えた。

「どうも。カメラどれです?」

余計なことを挟まず、直球で向坂が聞くと、

「遅れて済みません。これです」

と言いながら、ショルダーバッグからケースごとカメラを取り出した。

「あ、ちょっと待ってください」

向坂はそう言って、白い手袋をはめると、ケースからカメラを取り出した。そしてすぐに型番を調べる。

「Cの321H。符号してるな?」

確認された竹下は、

「合ってます」

と短く言った。それを聞くと、

「平尾さん、申し訳ないんですが、あなたの指紋を取らせてもらえますか?本来の持ち主の指紋がついているか確認したいんですけど、おそらくあなたの指紋もついているので、除外したいんですよ」

と続けた。

「あ、それはいいですけど。本当に大丈夫ですよね?」

と平尾は心配そうに言った。

「それは大丈夫です。ああ、そうそう、このカメラにフィルム入ってませんでしたか?」

と、思い出したように向坂は平尾に質問した。

「いや、専務に貰った時にはフィルムは入ってませんでした」

と即答した。それを聞くと、車のボンネットの上で、台紙に平尾の10本の指紋、掌紋をしっかり採取した。


「おかげで助かりましたよ。今の所平尾さんにはこれ以上聞くことはないんで。それから、カメラについてはこちらで完全に預からせてもらう形になります。おそらくですが、平尾さんの手元には戻らないと思いますけど、ここにサインしてもらえますかね」

向坂はそう言うと、証拠の任意提出の書類に平尾のサインを書いてもらった。そしてそれが終わると平尾の腰をポンと手で押し、ある意味すぐにこの場を離れるように急かした。そして平尾が伊坂組の社屋に入っていくのを見届けた後、もう一度カメラをチェックした。

「これに吉見の指紋がついていれば、ほぼ確定ですね」

高木がそれを見ながら嬉しそうに言った。

「いや、まだ完璧じゃない。どこかで落ちていたのを拾ったという言い訳もできる。ただ靴から現場の土が出れば、言い逃れはできんだろう。それにしてもフィルムは平尾に渡された時点でカメラからは取り出されていたようだな。北川が抜き取ったんだろう。まあいい。このカメラがあれば、最低でも事故で死んだ吉見からカメラを奪った、占有離脱物横領で引っ張れる。そこからなんとでもなるさ」

向坂は伊坂組の社屋の方にカメラを向けると、ファインダーをのぞきこみながら、撮る真似をした。その行為に竹下は、北川だけでなく、その先に8年前の事件での伊坂組の関与に照準を定めようとしている向坂の強い意志を感じた。

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