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鳴動54

 部屋の外の廊下に出ると、その社員は平尾と名乗った。向坂達が持っていた情報の人物と一致した。

「すみません。私1ヶ月ぐらい前に専務からカメラをいただいたんですよ。私は趣味がバードウォッチングなものですから、仕事の終わりに同僚と雑談で、カメラでの撮影もしたいみたいな話をしていたら、横から専務が『丁度良いカメラがあるから』ということになりまして」

「ほう。これは丁度いい話が舞い込んだ」

向坂はしらじらしく言った。

「ただ、これは飲酒運転とは何の関係もないですよね?」

平尾の言っていることは紛れもない正論であった。

「いやそうでもないですよ。実はね、そのカメラは元々北川さんのもんじゃないと思いますよ」

「ええ、なんだか『親類に貰ったもんだが、俺には必要ないからやる』みたいなことを言ってましたから、私もそういう認識で貰ったんですが」

「それいつ貰いました?」

「正確な日付は覚えてませんが、6月の中旬ぐらいだったように思います」

「ああ、なら間違いない」

竹下は向坂の話に、半分呆れながらもどう切り抜けるか楽しみだった。自分ならまずこういうだましの手法を採りたくないし、同時に採る才能もないからだ。

「逮捕の後、専務の家族からちょっと事情を聴取したところですね、6月の上旬ぐらいですか、車で夜出かけたそうなんですよ。それで夜中に帰ってきて、朝起きたら、高そうなカメラを持って帰ってきていたそうなんですよ。奥さんが問いただしても酔っていたらしく要領を得ない。どうも飲んだ相手と仲良くなって、その人が持っていたカメラを貰ったのか、はずみで持ってきたかしてしまったらしいんですね。奥さんは返してくるように言ったんですが、専務はどうも返す相手がよくわからないから、あなたにあげてうやむやにしようとしたんじゃないんですかね」

「え?」

平尾は困惑した顔つきになった。

「それで、酒に酔った相手にカメラを貰ったか、或いは勝手に持って帰ってきったとなると、もしかすると相手は盗まれたという認識でいて、警察に届けているかもしれない。当然専務には盗む意図、つまり故意ですが、酒に酔っていたとなると、それはないだろうから窃盗罪はおそらく適用はされないんですが、その人の証言が得られたら飲酒運転の証言を得られるかもしれない。だから盗まれたと届出があったカメラと調べてみて、一致した人物にこっちは事情聴取したいんですよ。協力してもらえますかね」

「それは当然協力させてもらいますけど、カメラを貰ったことで、私は何か罪に問われたりすることはないですよね?」

困惑したように言う平尾は、既に向坂の術中にはまっていた。

「ええ、あなたはその出所を知らなかったわけですから問題ないですよ」

「そうですか、それは安心しました。で、警察に返せばいいんですか?」

「そうしていただけると幸いですね。因みにご自宅は近いんですか?」

「はい、ここから車で10分ぐらいかな……」

「ああ、じゃあ丁度良かった。部長さんに許可を私たちが貰いますから、すぐカメラをとってきてください。家にあるんですよね?」

「ええ」

「じゃあすぐお願いします。あとこの件は捜査情報含んでますんで、口外は一切しないでください」

向坂は、この最後の部分をやけに強調した。

「わかりました」

平尾はそう言うと、階段を駆け下りて行った。向坂はその後姿を見送りつつ

「よしっ」

と一言呟くと、室内に戻り、松岡部長に、

「平尾さんから話聞きましたけど、別に大したことじゃなかったです。ただ、ちょっとこちらとしても確認しておきたいことがあるんで、家に戻ってとってきてもらうことにしましたから、30分から1時間程度職場を離れること許可してあげて下さい」

と告げた。

「そうですか。平尾の件についてはわかりました。で、他には何か?」

「いやあ、取り敢えず聞くべきことは聞いたんで。お時間とらせてすいませんでしたね」

と言うと、竹下の腰をポンと手で押し、他の社員達に軽くお辞儀をしながら部屋を後にした。

「カメラはやっぱり部下にやっていましたか。とにかくあって助かりました」

廊下に出ると、すぐ竹下は向坂に話しかけた。

「ああ、処分してなかったようだ。助かった。実物は見てないからよくわからんが、マニアが撮影に使うようなカメラなら高いから、捨てるよりは知り合いにやっておく方を採ったのかもしれんな。売ると足がつくのは素人でもわかるだろうし」

「それにしても上手いこと飲酒運転に結びつけた上に、任意に持っていきましたね」

「まあな。ちょっと強引だけどな」

向坂はそう言いながらも、してやったりという顔つきをしていた。竹下からしてみると、褒めただけではなく、多少皮肉もこめていたのだが、向坂は気付いていないようだった。

「じゃあ主任官に状況説明してきますよ。今頃カメラについても必死に調べてるでしょうし」

竹下はそう言うと、役員室に向かった。

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