鳴動53
その様子を見ながら、竹下と向坂、吉村と高木、澤田と相棒の庄司、大場と相棒の重田は地味に「別」の捜索活動を始めた。捜索令状には直接載っていない対象物の捜索である。当然、グレー捜査活動であるから、弁護士が来る前に色々と済ませておきたい。その第一の目的は北川家捜索では出てこなかったカメラである。北川がまだ所持している可能性もあったが、既に情報として、部下にカメラを譲渡しようとしていたという話が入ってきたこともあり、そちらの線でも捜索しておく必要があったからである。勿論、北川の私物から押収できれば無駄になるが、弁護士が立会いにやってくるまでの時間を考えると、分担しておくことが重要だったからだ。他にも北川の車に積んであったスコップが伊坂組のものであったため、遺体を掘り出そうとした際に他の工具を使った可能性を考慮し、それが伊坂組に戻されているかどうかをチェックする必要もあった。ただ、その点についてはかなり詳しく調べないとわからない部分が多いので、短時間の間に見極めるのは、相当難しいことはわかりきっていたが……。
ベテラン刑事の向坂が近くにいた社員に、大きな声でまず聞いた。
「仕事中申し訳ないんだけど、北川さんの部下ってどの部署の社員にあたるの?」
「え?部下といいましても、役員ですから直接の部下となると役員秘書になりますが、そうじゃないなら専務は資材関係の責任者ですから、資材調達・管理部の社員ということになるんでしょうか……」
「なるほど。それはここのフロアにあるの?」
「いえ、3階ですが……」
「行けばわかる?」
「はい」
それを聞き出すと、急ぎ足で竹下を連れて3階へ向かう。伊坂組に勤務していた警察官の妻からの情報で、北川が誰にカメラを譲渡しようとしていたかも、既に捜査本部は把握していた。だが、いきなり踏み込むと警察に内部情報が漏れていることがバレ、妻の立場が悪くなる可能性があったため、偶然カメラの情報を知ったように装いつつ、もし譲渡されていれば確保しようというのが筋書きである。
残りの4人を率いる北見方面本部組の高木は、同様に工具置き場を聞き出し、社員に案内するように言うと、裏にある倉庫に向かった。
「すみません警察ですが、よろしいですかね?」
向坂は資材調達・関係部の部屋に入ると、手帳を出しながら、大声を上げて室内に居た社員の注目を集めた。既に警察が飲酒運転の件でガサ入れに入ったことは伝わっているらしく、特に驚いた様子は見えない。
「部長の松岡ですが、なんでしょうか?」
と窓際にある立派な机に座っていた男性が即座に応答した。
「松岡部長さん?ですか。私が向坂、こっちが竹下と言います。お忙しいところすいませんねえ。北川専務についてちょっと社員の方にお聞きしたいことがありまして……」
そう言いながら、二人はメガネ姿の部長の元に近づいた。
「あれ、なんか人事部の方に行ったとか言う話を聞いてましたが、こっちにも用事があるんですか?」
「ええ、最近の北川さんの様子を聞きたくて」
「そうですか、わかる範囲でお答えさせてもらいますよ」
「ついでにですけど、ここにいる社員さんにも聞きますけど、いいですね?」
「私は構いませんが……義務ですか?」
なかなか痛いところを突いてきた。
「まあ拒否は出来ますが、色々ややこしいことに後からなるかもしれません」
向坂の発言は警察の常套台詞だ。警察というお上に弱く、法的知識のない一般市民相手にはこれで十分通用するのが日本社会である。弁護士もいない今のうちにこの手の話は進めておくに限る。
「わかりました。みんなもそういうことだから、ちゃんと答えなさい」
松岡は部下に呼びかけた。
「それじゃあ皆さん、お忙しいところすいませんがよろしく!」
振り返った竹下が社員の顔を観察しながら声を張った。
「じゃあまず、専務の最近の健康状態に何か問題がありそうだと思っていた方は?」
向坂の質問に社員は顔を見合わせながら答えにくそうにしていた。それを見た部長は、
「なんか高血圧とかの問題で医者に通っているような話をされてましたが」
と代弁した。
「顔色悪かったですか?」
「向坂さん、特には……」
「そうですか」
刑事にとってみれば、少なくとも最近の病院通いはカモフラージュであることは承知済みであったが、あくまで段取りである。
「あと、会社で酒を飲んだりすることはなかったですかね?」
今度は竹下が問いかけた。さすがにこれには多くの社員が
「それはないですね」
と同様のことを小声で回答した。松岡も、
「いやあさすがにそういうことはなかったですよ。酒もそんなに好きだったとは思えません。私も個人的なつきあいはさほどなかったんで、実情はよくわからんのですけど」
と否定した。
「そうですか……。ただこっちも色々調べてるんでね。会社に酒なんか持ち込んでいたら、常習的に飲酒運転していたなんてことがあるかもしれんので、きちんと調べないといけないんですわ。北川さんから酒とかもらったことがある人はいませんかね?」
向坂がいよいよ仕掛け始めた。勿論これは実際にそんな人物がいようがいまいがどうでもいいことだ。特に社員達の反応はない。
「じゃあ、最近専務に他に何かもらったことのある人はいませんか?」
「他にと申しますと?」
松岡が向坂に聞いた。
「ええ、実際問題として北川専務は今犯罪を犯して逮捕されてますから、そういう人から何か貰っていて、そのことを隠していると、場合によっては後から色々と面倒なことになるんです。早いうちに言ってもらえると、こっちも助かるんですがねぇ」
向坂の言い分は明らかに論理の飛躍があったが、ここでカメラの窃盗についての具体的な話をしてしまうと、今回の許可されたガサ入れの対象外の件での押収ととられる可能性があるので、これまた弁護士に突っ込まれることを避けるため、相手に自発の提出をさせる程度にしておきたかったからだ。
すると壁際に居た30代前後の男性社員がおそるおそる手を挙げた。向坂と竹下はそれを見るや否や、静かに且つすばやく、その社員のそばに行くと、
「ちょっと部屋の外でお話うかがいましょうか?」
と小声で促した。




