鳴動50
「カメラはどうなりましたか?」
西田は靴の話もそこそこに、菅原にすぐにカメラの話を振った。
「残念ながら出てこない。家全部ひっくり返すしかないかなとも思ったが、沢井と西田はどう思う? カメラは北川が盗ったってことでいいんだよな?」
菅原は今回の捜査では、捜査本部に張り付いているわけではなく、スポットの応援参戦なので、完全に捜査状況を把握しているわけではない。そういう意味で沢井と西田に確認しながらの捜査になっている。
「最初からそう見ていますし、会社での北川の言動も入ってきてますから、それは大丈夫でしょう」
沢井が答えた。
「靴も隠してあったというより、ただ仕舞ってあっただけのような気がします。カメラは吉見から奪ったとすれば犯罪性がありますから、そこはわかりませんが、面倒な隠し方はしていないんじゃないかと」
西田もそれに続けて言った。
「会社での言動ってのは、北川が会社でカメラを部下に押し付けようとしたとか、やろうとしたとか、そんな話のことだな、沢井?」
「ええ、そうです」
「そうなると、会社の方の可能性もあるわけだよな。まだカメラが処分されてなければだが」
「そういうことになるんじゃないでしょうか」
と西田は室内を更に調べている捜査員達を見ながら言った。
「わかった。じゃあ息子と娘の部屋は軽く見せてもらうだけにしとくか……」
正直、菅原の判断は責任刑事としては甘いと感じたが、部屋中をひっくり返すだけひっくり返すのも悪いとは西田も感じていた。家族に何かを隠蔽しようという意図は感じていないからだ。また、靴の保管状況を見ても、北川は竹下と向坂の聞き込みの際、それほど自分へ捜査が及ぶ恐れを感じていなかったのかもしれない。向坂も北川と対峙した時に、役員の北川自身が出てきたことへの違和感は感じたが、北川本人の挙動言動には不審な点は見当たらなかったと言っていた。確かに、聞き込みの用件だった屯田タイムスの購読だけで、自分へ波及するとは想像しにくい。Nシステムの仮運用からの情報がなければ、タイヤ痕の一致だけで、北川の勤務状況まで調べたかどうかは微妙なところだ。勿論捜査は行き詰っていたのだから、最終的にはそこまでしらみつぶしに調べた可能性は否定はできないが。そう考えていくと、カメラをわざわざ自分の子供達の部屋にまで隠そうとする可能性は低いだろう。
「ちょっと奥さんに、またカマかけてみますわ」
西田はそう言うと、居間に戻り加奈子に再び聞いてみた。
「奥さん、たびたびすいません。旦那さん最近カメラ買いませんでしたか?」
「カメラ? カメラは家にありますけど、子供が産まれた当時に買ったものをそのまま使っていますが? 何か今回の件と関係があるんでしょうか?」
「あ、そうですか。いやご主人はカメラが趣味じゃないかと思いまして。星だの朝陽だの鉄道だのを撮影とかする人が、撮影を待っている間に口さびしいので飲酒とかするんですよ。私の経験だとよく検問で捕まるんです」
今回北川が捕まったのは検問でもなく、出勤途中の話だ。大体カメラが趣味の人が飲酒運転する傾向にあるなどという話は、あるわけがない。西田は自分でも支離滅裂になりかけているのはわかったが、強気に押し通してみた。
「主人はカメラなんか趣味じゃないですし、何かを撮影しに出かけたことなんてないです!」
この質問にはさすがの加奈子も釈然としないのか、やや苛立った口調になった。西田としては家にカメラが持ち込まれた形跡があるのかどうか聞きだしたかったのと同時に、カメラがどうして吉見の手元から持ち出されたかを知りたかったという意図があった。それを同時に満たそうとしたため、よくわからない質問になってしまったのだ。先程の靴の時とは違い、冷や汗モノの聞き出しだった。しかし、この回答を聞く限り、カメラ自体に北川が興味があった可能性はほぼないと確信できた。やはり何か、もっと具体的に言えば、おそらく自分が死体探ししている状況をカメラで撮られたと思い、隠蔽しようとしたのだろう。菅原と沢井の元に戻る途中で、
「やっぱりカメラで何か撮られた、或いは撮られたと思ったようだな」
と北村に囁く。
「あの質問はそういう意味でしたか」
と北村は納得したような表情を浮かべたが、
「しかしだったら、尚更フィルムだけでも良かったんじゃないかと」
と疑問を口にした。
「いやそれは違うんじゃないか? もしフィルムだけ持ち去ったら、カメラごと持ち去る以上に、『何か撮影されたから消去しようとした』と一発でバレル」
「あー、なるほど。かえってバレちゃいますか……。吉見としては夜中に光が向こうでちらちらしてるわけで。なんだ幽霊かと思ってシャッター押したら、フラッシュで北川にばれた。そこからはどうなったかわからないが吉見は転んで死亡。写されたと思った北川がそれを隠蔽しようとした。結局こういうシナリオで良さそうですね」
「おそらく、幽霊を見たと勘違いして慌てていたか、幽霊本人である北川が吉見の方に向かってくるのが明かりか何かで確認出来て、驚いた吉見が夜中で足元が見えず、自分で木の根っこに足を引っ掛けて転び、石に頭を打ち付けて死んだ。それが今のところもっともありえそうな話だな、吉見の死については。北川が危害を加えるために吉見を追いかけるなどの行為があれば、そっちの立件も可能なんだが、それはそう簡単には立証できんだろ。それが出来れば言うことはないんだが」
そんな話をしながら寝室に戻り、
「多分ですが、女房の話を聞く分には、北川は家にカメラは持ち込んでいないように思います。2階は簡単に済ましても大丈夫じゃないでしょうか」
と菅原に報告した。
「わかった。じゃあそうするか。こっちとしては戦利品が1つ見つかっただけでも良しとしようか……」
そう菅原は言うと、息子の弘之の元へ行き、質問をいくつかして、軽く部屋を見せてもらった。息子の表情を見る限り、嘘をついているようにも見えず、カメラも見つからなかったので、最終的に捜査員を集めると撤収を指示した。当然、捜索の「大義名分」である、飲酒運転に関係していると「見せかける」ための酒類も、一応一緒に押収はしていたが、実際のところ飲酒運転送検にすら使われることはないだろう。
他の捜査員が家を出た後、菅原と沢井課長と西田は、加奈子と弘之にも通り一辺倒の挨拶をした。当然のことだが、招かれざる客である刑事を見送る二人の視線は冷たかった。自分の家を「荒らされる」のは、どんな人間であれ気分が悪いものである。それは捜査している側も、相手が海千山千の場合以外には感じることであり、今回のように全く事件に関係なさそうな家族に影響が及ぶ場合は特にそういう気持ちが強い。せめてもの救いは、靴を押収できたという成果があったことだろう。




