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鳴動49

 西田は北村と玄関の下駄箱で北川が現場で履いていたであろう靴を探していた。が、持ってきた下足痕と一致する靴はそこには見当たらなかった。

「西田係長、どうしましょうか……。ないですねここには。車の中には無かったんですよね?」

「吉村の報告ではそういうことだな。まいったなあ。ここにないということは……」

玄関の周囲を見回すが、これといって靴を収納しそうな場所はない。かと言って焦っても時間を無駄にするだけだ。何か手立てはないかと二人は玄関の上がりに腰を掛けて策を練ろうとした。一方の沢井達は、寝酒の可能性があると称し、北川夫妻の寝室兼書斎に入り、カメラを探していた。

「ありそうか?」

菅原が小声で沢井に聞いた。

「見当たりませんね。家の中全部ひっくり返せば出てくるかもしれないですけど、さすがにそれは後からやっかいなことになるかもしれません」

「こっちから上手く誘導するしかないか……」

菅原はそう言うと、組んでいる両腕の肘の上辺りを、それぞれの人差し指でせわしなく叩いた。


 先に動いたのは西田だった。居間にいる妻の加奈子の元へ行くとこう切り出した。

「奥さん、ちょっとすいません。旦那さんは警察の調べですと、5月の下旬辺りから夜な夜な出歩いていたようなんですが?」

「は、はい」

「それでですね。その時にどこ行っていたかわかりますか?もしかしたら、その際に飲み屋とかで酒を飲んで、飲酒運転していた可能性を考えないといけないんですよ、こっちとしては……」

「そんなことは絶対にないです!」

妻は急に語気を荒げた。

「どうしてそんなことが言えるんですかね?」

「どうしてって……。うちの主人は、その時は『留辺蕊の山の中の現場に夜中泥棒が入ったので、見回りに行かないと行けない』と言って、2週間ぐらいの間、3日に2回ぐらいのペースで出かけてました。帰ってきた時もお酒の匂いはしてませんでした!」

この時点で、西田は自分の都合の良いように話が進んでいることに、内心しめしめと思っていた。また、北川が妻にはそういう言い訳をして、生田原の現場に出かけていたのだということも確認できた。その上で更に畳み掛ける。

「なるほど。しかし現場に出かけていたという証拠がありますか?」

「証拠と言われましても、あたしは家にいましたから……」

「例えばです。山の中の現場に行っていたということは、その時に履いていた靴なんかがあれば、その靴についている土なんかを分析すれば、旦那さんがきちんと仕事をしていたという証明に役立つんですよ。山の中の現場に行ったとすれば、ビジネスシューズとかはちょっと考えにくいんですが」

手の込んだ誘導である。これで出てこなかったら、おそらくここにはないか、処分された後だろうということだ。専業主婦というものは、家中の情報を把握していることが多いというのが、西田のこれまでの捜査経験から得た常識である。

「あ、はい。確かに普段の靴ではなく、山菜取りなんかに履いていく靴でした。それなら裏の物置小屋に主人が仕舞っているのをちょっと前に見ました」

西田は加奈子の証言にガッツポーズをしたい心境だったが、拳を強く握り締めることでその代わりとした。

「じゃあ奥さん、それ出してもらえますかね?」

敢えて冷静を装って言う。

「わかりました。こちらです」


 加奈子の後をついていきながら、後ろの北村にOKサインを送る西田。任意に提出してもらえれば、この証拠物件については、押収のための令状は必要ないということだ。もし今回の令状による捜索で強制的に押収という形で手に入れた場合、最悪の結果、違法捜査による証拠物件として、証拠能力を否定される恐れすらある。松田というやり手の弁護士ならば、突いてきても不思議ないところだ。勿論それを避けるために、その後に令状の再請求を考えていたのだが、任意ならその手間も省ける。


 目当ての靴は、物置の扉のすぐそばに無造作に置いてあった。見た感じ、北川は隠そうとして物置に置いたというより、単に使わないからそこに置いたように西田には思えた。他にも事件に関係ありそうなモノがないか、チラチラと加奈子の後ろから物置の中を見ていたが、特には目に付かなかった。もしかしたら、後から本件事案を理由にここにも捜索が入るかもしれないが、現時点では緊急を要するブツはないと西田は踏んだ。加奈子から渡された靴の裏をその場でチェックすると、やはり吉見の死体に周りにあった下足痕とサイズ含め一致するのはすぐ確認できた。靴は任意で押収したと書類にサインしてもらうと、西田と北村は小躍りしたくなる気持ちを抑えながら、靴を持って菅原と沢井の元へ行き、冷静を装いながら一言、

「一致しました。しかも任意(提出)です」

と告げた。菅原は、

「任意か?そりゃまたうまいことやったな」

と、口元を緩めた。


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