鳴動47
交通課に身柄を預けられた北川は、勤務先の伊坂組顧問弁護士の松田に接見を要求していた。松田は北見では数少ない有力な弁護士として、北見方面本部管轄の警察内部では有名だった。人権派ではないが、刑事事件においてもなかなかやり手の弁護士として、警察関係者に煙たがられていたのだ。だが、さすがに酒気帯びによる人身事故となると、軽微な事故であっても逮捕は妥当と見たか、接見中は通常のアドバイスに留まり、警察に対しても表立って文句を言うこともなく署を後にしたようだ。事故後の被害者への対応などを重視したのかもしれない。
捜査本部もこの動きから、松田も北川も実は別件逮捕であることには気付いていないだろうと踏んでいた。取り敢えず本件について、相手の目に見えるように捜査が動き出すのは勾留が確定してからだ。
午前11時前には、逮捕直後より北見署が請求していた北川の自宅の捜索令状が、地裁支部より発行されたので、捜査員は北見署の交通課捜査員と共に昼過ぎから北川の家にまずガサ入れをかけることになった。自宅に妻がいることは既に確認済みだった。さすがに夏休みで自宅に居るだろう息子に立会いをさせるのは酷である。
一方、伊坂組へのガサ入れについては、午前10時過ぎになっても、令状の請求は行われていなかった。沢井の言うとおり、捜査本部はまだ迷っていたからだ。倉野事件主任官は、北見署交通課長と捜査本部長の大友と慎重に検討した結果、まずは北見署の署長である遠野と協議。遠野は北見方面本部のアドバイスが必要としたことで、最終的に北見方面本部・本部長の寺島の決定を仰ぐことにし、寺島が午前11時前にゴーサインを出した。これにより、北見署交通課が、北川家への時と同様に地裁への捜索令状請求をすることになった。これが認められるかどうかわかる前に、おそらく北川家の捜索は終わっているだろう。
会社への捜索理由については、「北川が車を通勤に使っているので、日常的に飲酒運転していた可能性と健康状態を調べるため、会社の私物に酒類がないか、勤務状況、健康保険の確認の必要性がある」というものが採用された。過去の飲酒運転での罰金処分もその補強材料となってくれるはずだ。また、実際問題として勤務状況については、今回の北川の事件関与においての重要な裏づけ捜査の一つであったことも影響した。私物の捜索については当然、吉見のカメラを中心に、事件に関係あるものがないかのチェックを兼ねている。
午後1時きっかりに、飲酒運転による人身事故としては異例の12人体制で、北川家のガサ入れを開始した。一般の住宅街に、刑事とは言えワゴン車3台に怪しい男が12人も分乗して乗りつければ、周囲からは怪しい光景に見えたことだろう。メンバーは北見署交通課が2人、捜査本部からは、北見方面本部捜査一課強行犯係長の菅原を筆頭に、北見方面本部組が北村を含む6人、遠軽組は沢井課長を筆頭に西田、小村、黒須の4人の構成となっていた。
インターホンから警察を名乗る人物の登場に、万人がするように驚きを示し、部屋から外を見てまた驚く北川の妻らしき人物が、捜査員からもレースのカーテンの合間から確認できた。
「なんなんですかこれは!?」
玄関を開けるなり強張った表情で声を出す。菅原はそれに対し冷徹に、
「奥様の加奈子さんですね? ご主人が今朝、酒気帯び運転で人身事故を起こしたことはご存知ですね?」
と聞く。
「は、はい」
刑事の圧力にか細い声を出す。
「その捜査のために、ただ今よりご自宅を捜索させていただきます。これがその捜索令状で、裁判所より許可を得ています。強制執行力がありますので、残念ながら拒否はできません。阻止しようとした場合、公務執行妨害にて逮捕される恐れがあります」
と令状を見せながら畳み掛ける菅原。




