鳴動44
追跡を開始した機捜と吉村達だったが、ルートは通常通りだった。歩道には、どこでもラジオ体操帰りと見られる子供達の姿が目に付いた。
「なんかこのまま会社に行くみたいですね。背広着てるって言ってましたし。早めに出て済ませておく仕事でもあるんだろうか?その程度なら家に居て欲しいですね。拍子抜けですよ」
吉村は運転しながら、一方的にまくし立てた。
「特に何かあるという感じはしないな。まあいいや。伊坂組の前で交代することになるかな。それなら大した時間のロスにもならないし」
高木がそう言い掛けた時、キーッというブレーキ音と共に、前方の機捜隊の覆面パトカーが、突然赤色灯を上に乗せてサイレンを鳴らした。
「あれ、なんだ? なんかあったか?」
吉村はそう言うと、ハンドルより上半身を前に乗り出し、様子を探った。高木も赤色灯をすぐに出せるように窓を開けた。しかしサイレンはすぐに止み、同時に車もすぐに路側帯に駐められ、中から刑事が飛び出すのが見えた。吉村達もすぐに車をその直後に駐め、外に出た。機捜隊の覆面パトカーの前には北川の高級車が駐まっていて、北川が外に出て座り込んでいる小学校低学年らしき男の子に話しかけている。その周りには友達と見られる同年代の子供が心配そうに囲んでいた。どうも北川が子供をはねたらしい。とは言っても、はねられた子供の様子から見るに、膝や腕の擦り傷と見られる箇所から血こそ出ていたが、そう大きな事故ではないようにも見えた。尾行している側のスピードを考えても、北川の車もスピードは出していなかったはずだ。同時に横断歩道がある場所ではなかった。
「ぼく、大丈夫か?」
北川が声を掛けている中、機捜隊の志村というベテラン刑事が警察手帳を見せながら事情を聞き始めた。もう一人の太田という若手刑事は119番で救急車を要請している。
随分タイミングの良い登場となったが、北川がそれを気にしている様子はない。いや、気にしている場合ではないという方が正確だろうか。
「警察ですが、ちゃんと前方見てました?」
「いや、この子が急に飛び出してきてね……。ブレーキ踏んだんだが、ちょっと当たっちゃったみたいだ」
「そうですか。ぼく、ここで飛び出したの?」
子供は泣きながら頷いている。一般人ならば子供を叱る場面かもしれないが、法的建前上は車側に主に責任があるわけで、警察としてもそれを前提に対処する。まして相手は重要事件の容疑者だ。
「まあ運転手さんには気の毒だけど、ぶつけちゃったわけだから。人身事故ってことで、事情聞かないと」
と北川に告げている。北川はまいったなという表情を浮かべていたが、別件で警察がマークしていたからという認識からではないと、吉村には見受けられた。ただ単に交通事故を起こしたことを悔いているようだ。一方太田は、子供の氏名と住所を確認し、親にも連絡するように警察無線を通じて報告していた。
「あ、そうそう。話していてなんか酒臭い気がするんですよ。ちょっとついでだから、これで調べさせてもらおうかな」
志村は、そう言いながら、車内からアルコール検知器を取り出した。なるほど、前日の飲酒を考えれば、世間的には「酔いが醒めた」という認識でも、数値上は「酒気帯び」程度の状態の可能性は十分にある。おそらくだが、志村は本当に酒臭いとは思っていないだろうと口調から吉村は感じた。北川は驚いた表情を浮かべたが、志村が
「これ強制検査だから、してもらわないと」
と言うと、素直に応じた。本人も酒は抜けていると思っているようだ。言われたとおりに呼気を検査機器に吐き出すと、志村はその数値を凝視しながら、心なしか口元が緩んだように見えた。
「0.27mg。これは酒気帯びだな。えーっ午前7時2分。業務上過失傷害(95年当時は自動車運転過失致傷罪は非存在)並びに酒気帯び運転にて現行犯逮捕!」
と、時計を確認しながら、呆然とする北川に言い放った。それを見てハッとわれに返った吉村は自分の車に駆け込むと、捜査本部に、
「ただいまマル被、北見市内にてゲンタイ確保!」
と早口で捜査本部に報告した。




