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鳴動43

「言い過ぎたかな」

黒須がやっちまったという顔をして苦笑いすると、

「こんなことで本気になる人じゃないだろ。それより仕事だ仕事!」

と小村は後輩に発破をかけた。



 7月25日午前6時半、高木と吉村のコンビは、北川の自宅の裏通り路上に覆面パトカーを駐め、深夜からの張り込みを継続していた。夏休みに入って、ラジオ体操に向かうと思われる子供達の集団が、騒ぎながら車の横を通る。表通りには機捜隊がいつものように目を光らせているはずだ。張り込みを開始してからかれこれ2週間弱経っていたが、この間、北川が夜中に出かけるような素振りは一度も見せていなかった。そのため深夜のシフトに当たった捜査員は、かなりの時間を全く動かずに見ているだけだったので、「外れ」の任務という認識になっていた。

 北川が会社に向かう時間は、基本的には自分の車で午前7時半前後と、重役の割には早い出勤だったので、その前の午前7時前後に張り込みを交代するのがいつの間にかルールになっていた。そろそろその時間が近づいていたので、高木と吉村は眠気と気だるさに集中力を欠きつつも、最後の力を振り絞って務めを全うしようとしていた。


 北川は前日は社を出てから、接待のために北見の繁華街のクラブで午後10時過ぎまで飲食をしており、帰宅したのは午後11時前後だったと引継ぎの際に報告を受けていた。残念ながら昨日は飲みの予定が最初からあったのか、出社、帰宅ともにタクシーを使っており、飲酒運転等で引っ張ることは出来なかった。これまでも、酒を飲む予定がある時には、出社時より必ずタクシーを使っており、当初飲む予定がない場合には、車を会社に置いたまま、タクシーを使うことなどこの点は徹底していた。敵も弱みは見せてくれないようだ。以前に飲酒運転で罰金を受けたことがそうさせているのかもしれない。


「どうすっかなあ。北見で飯食ってから帰るか、遠軽まですぐ戻るか……」

吉村は朝食のことが気になりだしていた。

「あれ、前の深夜シフトの時は北見で食べるとか言ってなかったか?」

高木が話しかけた。

「いや、開いてるところがなかなか見つからなくて」

「確かにあんまり早朝から店開けてるところは、北見じゃ知らんなあ。港町とかだと結構開いてるんだけど。以前函館勤務してた頃、夜勤の後は市場で食って帰ったりしたこともあったな」

「函館ですか。あそこは朝市とかありますもんね」

「一応北見にも卸売りの市場はあったはずだな。食堂みたいのがあるかどうかは知らんなあ」

「そうなんですか。遠軽にもあって、そこは食堂もありますよ。まあ一応地元ですから、朝から開いてる飯屋は遠軽ならわかるんですけどね……」

「どうだ? どうせなら、大して美味いもんは作れんが、うちのカミさんが作ったもんでも食べていくか?」

高木は北見方面本部の刑事だけに、住まいも北見にある。後輩に気を使ってくれたようだ。

「いやあ、朝からお邪魔するわけにはいきませんよ。お子さんも夏休みでいるんでしょ? さすがに申し訳ないです」

「俺は一向に構わないぞ」

「高木さんが構わなくても、奥さんの問題ですから」

「うちのカミさんなら、結構もてなすのは好きだから、気にしないでいいぞ」

「うーん、そこまで言ってもらえるのならありがたいですが……」

吉村がそう言いよどんだ時、無線から連絡が入った。

「こちら機捜103号 マル被の車が表通りより西に動いた。背広姿より、おそらく通勤かと思われるが、これより追跡開始。どうぞ」

まったりとした会話から一気に現実に引き寄せられた吉村が、慌ててレシーバーを取った。

「了解しました。こちらも動きます。どうぞ」

そう告げると、吉村は急いでエンジンを掛けた。

「やっこさん、今朝は早いな。どっかに寄るのかな?」

「どうでしょう。背広着用ですから、最終的には伊坂組に行くとは思いますが」

路肩に乗せていた片輪がガクンと落ちた衝撃で、ホルダーにあったお茶が少しこぼれたが、気にせずアクセルを踏む吉村。

「こりゃ交代はしばらく先になりそうだな……」

高木はそう漏らすと、ティッシュでギアにかかったお茶を拭いた。

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