鳴動39
7月12日昼ごろ、西田と北村は北見市内の伊坂組の近くの通りに捜査車両を駐め、北川の張り込み任務についていた。車内は初夏の強い陽射しを受け、窓を開けるだけでは足りず、クーラーを付けないとキツイ温度になっていた。
北川の関与が濃厚になったため、本日より北見方面本部の機捜隊のみならず、捜査本部自体も北川のマークに動き始めたのだ。通りの向こう側の反対車線には方面本部応援組の高木と組んでいる吉村達の車両も見えていた。裏通りには機捜隊や北見方面組がしっかり準備していた。どちらに方向にでもすぐ追跡出来る態勢が整えられていた。
コンビニ弁当を食べ終わり、車内から様子を窺う二人であったが、クーラーのおかげで心地よい室内温度になっていたため、たまに眠気が襲ってくることもあった。しかしトイレに行く機会を出来るだけ避ける必要があったので、眠気覚ましのコーヒーやお茶は敢えて避けていた。利尿作用があるからだ。
「特に動きはないですね」
北村があくびを押し殺しながら言った。
「我慢我慢」
西田は自分にも言い聞かせるように言った。
「どっちにしろ今更事件に直結するようなことはしそうもないですよね……。後はしょっ引けるような何かを待つしかないってことで」
「そういうことだ……」
西田はそう言いながら、気分転換と眠気覚ましのために上半身をかがめてラジオを付けると、突然調子の良いDJの声が室内に響き渡り、慌ててボリュームを絞った。
「それでは旭川のラジオネーム、ドンちゃんからのリクエストで、DEENの『このまま君だけを奪い去りたい』です!」
アナウンスの直後、ジャーンチャッチャチャッチャチャーンチャーンというイントロと共に歌が始まった。隣の北村はそれに合わせて口を動かし始めた。
「なんだ、これ北村の好きな歌なのか?」
「いや、まあ好きという程でもないですが……、カラオケじゃ結構歌いますね」
「そうか」
西田はDEENは知っていたが、特別興味はなかったので適当な返事になった。それを察したか、北村は話を広げようと敢えて質問してきた。
「西田係長はカラオケとか行くんですか?」
「昔はな。遠軽署勤務になってからは行ってないなあ。札幌南署の時は結構行ったけど」
「あれ? 遠軽ってカラオケないんでしたっけ?」
「おいおい、さすがにあるぞ!」
遠軽に来てから3ヶ月強程度だったが、何故か馬鹿にされた気がして、やや強い口調で反論してしまった。
「あ、別に変な意味はないんですが、スイマセン……」
「いや、気にすんな」
西田は笑いながら口調を修正しつつも、自分にも遠軽への愛着が湧き始めているのかなと思ったりもしていた。
「係長はどんな歌歌うんですかね?」
北村は微妙な空気になった後もこの話題を続けてきた。おそらくだが、暇な中、会話が途絶える方が余程嫌なのだろう。
「俺はなT-BOLANなんかがいいな」
「T-BOLANっすか。いいですねえ『Bye for now』とか」
「それも悪くはないが、俺の十八番は『離したくはない』だな」
「『離したくはない』はたまに俺も歌いますね」
「おまえの得意なのは何だ?」
「俺が一番自信があるのは、小野正利の『You're the Only』ですね。結構上手いって言われますよ。俺の今の彼女もあれで口説いたようなもんですから」
北村がはしゃぐように言った。
「ええ、おまえあんな甲高い声出るのか? 男にはかなりキツイだろあれ」
「結構キーが高いんです。クリスタルキングの大都会なんかもイケますよ」
「そいつはびっくりだな。普段の声聞いている分にはそういう風には見えないから」
「よく言われますよ」
得意げに言う北村を見ながら、いつの間にか相手のペースに巻き込まれていたことに気付く西田だったが、気にするほどのことでもなかろう。
「最近は、彼女に買ってもらった小型の携帯テープレコーダーで、カラオケ終了後に自分の歌声をチェックしてるんですよ。色々課題が見えてきますからね」
「そこまでやるのか……」
西田は、北村の徹底したカラオケマニアぶりに驚いた。西田もカラオケは好きだがそこまでのめり込んでいるわけではなかった。
そんな会話をしばらく楽しんでいると、無線から沢井課長らしき呼びかける声が聞こえてきた。




