鳴動38
機捜隊との打ち合わせを終えると、その後二人は北見方面本部にそのまま残った比留間管理官とは別れ、その足で北見署に向かった。捜査会議で決まったように、二人は以前直接北川と会っていることもあり、面が割れているので伊坂組とのコンタクトはできるだけ回避する必要があった。そもそも事件について、刑事が執拗に動いていることが北川周辺に知れること自体避けることが重要であり、刑事より所轄の警官を利用するなど、捜査本部の竹下達以外の刑事も黒子として動く、ワンクッション置く捜査手法を導入していた。
二人は北川の同居している家族を中心に調べる担当になったので、まず所轄の北見署で家族についての情報を得るため、地域住民の情報を持っている生活安全課にて話を聞くことにした。向坂が北見署の刑事ということもあり、和気藹々とした雰囲気の中、情報を得ることが可能だった。
同居しているのは、北川の妻、加奈子46歳、長女で北見市内でOLをしている美和子22歳、長男で北見市内の高校3年生の弘之17歳の3人とのこと。加奈子と美和子は免許を持っているが、女性ということで「幽霊」の可能性は低いと思われた。弘之は免許を持てる年齢ではない。無免許運転という可能性も完全否定はできないものの、まずないと思われた。ただ、最近の3人の生活状況については念のため調査しておくべきと考え、生安課に協力を依頼した。こちらも直接刑事が動くとなると、北川本人にもバレる可能性が出てくるからだ。
生安課は加奈子については、近隣住民や加奈子自身に「不審者情報が出た」との理由で接触を図ることにしたようだ。一方、美和子・弘之については、勤務先と学校に所属全員分の出欠状況を、架空の事件のアリバイ要求と絡めてうまく誤魔化し入手することを計画していると二人に告げた。
また北川と同居していない近親者、友人などについての調査も同時に行うこととされたが、こちらについては、かなり周辺に踏み込まないと出てこない情報のため、バレないように調べるには1週間程度時間が掛かるかもしれないと生安課の担当者は言った。
向坂と竹下も、機捜隊は勿論、北見署生安課の対応策を直接聞き、ひとまず納得できるレベルだったため、満足した上で他の捜査本部の刑事と合流後遠軽署に帰還した。
北川の周辺捜査を始めて3日も経つと、それなりに情報が集まり始めていた。7月11日の捜査会議では以下の報告が捜査員からなされ、同時に機捜隊、北見署からの情報も読み上げられた。
まず北川自身について。北川は元々は国鉄職員で、伊坂組には昭和58年(1983年)より転職にて勤務し始めたことがわかった。転職の経緯については現時点で不明だが、部長になったのが昭和62年(1987年)の冬。その後平成2年春に重役として専務に昇格したらしい。転職直後に平社員だったことを考えると、異例の出世であることは社内でも当時から噂されていたらしい。人柄としては基本的に温厚であり、人望そのものは割とあるようだ。この点は竹下達の見立てと一致していた。一方でギャンブルが好きで、依存症ではないが、のめり込む部分もあったとのこと。
また、5月下旬から6月上旬に掛けての勤務状況については、かなり文字通りの「重役出勤」が多かったらしく、昼近くになってからやってくることも多かったらしい。理由としては持病の高血圧の治療とのことだったが、健康保険の履歴からは最近の通院は確認できなかった。深夜まで肉体労働をしていた幽霊の動きと合わせると、北川が重役出勤していたことの理由にはぴったりと符号する可能性があった。
また、北川の同居家族については、特に怪しい点は現状見当たらないと北見署の生安課からの報告が入っていた。
ここまで来ると、特に重役出勤とその理由について嘘をついていたという点において、捜査本部の全員が北川が現場付近に出没し、遺体を捜していた「幽霊」張本人だという確信を得ていた。倉野事件主任官も手応えを掴んだように報告を聞いている間、終始笑顔を絶やさなかった。
機捜隊からは、この間北川は特におかしな動きもなく、家と勤務先との往復の毎日であるとの報告が入っていた。この点については残念そうな顔を倉野はしていたが、まだ始まったばかりである。そう急いても仕方ないだろう。報告を全て聞き終わると、倉野は口を開いた。
「えー、以上のように、これはもう北川の関与はほぼ間違いないと思われる。北見署の協力についてはどうだろうか、ひとまず打ち切ってもらってもいいんじゃないか? 問題があると思う奴はいるか?」
倉野としては、これ以上北川と周辺の情報は必要ないと踏んだのだろう。後は北川本人をどう引っ張るかに集中したいという本音が見え隠れしているように、西田には聞こえた。すると、
「主任官、それは構わないですが、ちょっと気になることがあるんですが……」
と向坂が挙手しながら言った。
「何か問題があるのか? 向坂」
「北川が転職した後、部長になったのが8年前の冬とのことですが?」
「8年前? ああ、昭和62年だと8年前になるか……。それがどうした?」
「先日本部長に話したと思いますが」
向坂が言い終わる前に、倉野は気がついたらしく発言を制すと、
「スマンスマン。例の失踪事件についてか……。確かに年月は符号する部分があるな。転職してきた平社員の異例の出世と、その前に起こった伊坂組に関わる失踪事件か……。向坂の言う通り、何か臭う」
と言った。
「どう見ても怪しいとしか思えません」
向坂も続けた。倉野はしばらく思案顔で黙っていたが、
「向坂の読みについては、こうなってくるとある程度現実味を帯びてきたことは間違いないだろうから、それは北川を引っ張ってから追及する必要は確かにあると思う。その上でだが、北見署の捜査については、これ以上は必要ないんじゃないだろうか? どうだ向坂」
と、諭すように倉野は言った。
「わかっていただければ、それについては構いません」
向坂も納得したようだ。
「それから、他のタイヤ痕についての調べだけど、そっちも打ち切って北川の案件に集中してもいいんじゃないかな? 槇田副本部長どうでしょう?」
倉野は槇田に話を振った。
「そうだな。それでいいんじゃないか。沢井、西田どうだ?」
槇田は直属の部下二人に聞いた。
「私は構いません」
沢井の答えを聞いて、
「ええ、私も問題ないと思います」
と西田も同意した。




