鳴動30
翌日からのローラー作戦は、北見地区の残りと遠軽署所轄である生田原以北の購読リストを洗うというラストスパートに入っていた。さすがに北見の零細新聞社だけに、所轄内の購読者は、遠軽、生田原、佐呂間、湧別、上湧別(現湧別町)、丸瀬布(現遠軽町)に、それなりに多かった遠軽を除くとそれぞれ数軒だけだった。昨日の「湧泉」も勿論リストに入っていた。所轄内の聞き込みは丸1日あれば済むだろう。遠軽署のメンバーが参加している組は「土地勘」があるということで、全組、所轄内の聞き込みに回った。西田と北村は湧別、と上湧別、佐呂間を回ることになった。3町も担当になったが、聞き込み件数は全部で十軒と七つの店舗・会社と、二人で十分足りるものだった。
まず上湧別の個人宅三軒を回り、その後湧別町の一軒と一社・一店舗を回った。そして午後12時を過ぎたので、取り敢えずコンビニを見つけて昼食の弁当を購入。初夏の日射しの中、車の中で食べるのも暑苦しいということで、海岸に車を駐め外で食べることにした。その浜は「ポント浜」と呼ばれているようだった。二人は護岸に腰掛けて弁当を食べた。心地よい海風が頬を軽く撫でるように吹く。
「いやあ気持ちいいですね。一服の清涼感みたいなのを感じます」
北村が両手を挙げて上半身を伸ばしながら言った。
「もう7月だからな。これから盆にかけてドンドン暑くなるぞ」
西田は缶のお茶を飲みながら答えた。北村はしばらく海を見ていたがふいに、
「さっきから思ってるんですけど、あれなんですかね?」
と西田に聞いた。西田も実はかなり前から気になっていたが、二人から100m程離れた場所になにやら低い塔のような構造物が見えていた。
「なんだろうな、ちょっと行ってみるか・・・・・・」
食べ終わった弁当をコンビニのビニールにまとめると、二人はその構造物に向かって歩を進めた。
「なんかのオブジェとか、芸術作品みたいに思ってましたけど、違うみたい・・・・・・」
小走りして先に着いていた北村が西田に言いかけたところで、石碑を凝視したまま黙った。
「どうした?」
「西田係長、これなんか事故が昔あったみたいですね。ちょっと読んでみてください」
北村が指している石碑を西田が言われるままに読むと、そこには「機雷殉難の塔」の文字と共に、昨日大将が話していたのと同じ概要が記載されていた。
参考資料(筆者とは無関係の方の画像です)
https://plus.google.com/photos/101418962731859284958/albums/5066189537522549617
碑文を読み終えた西田は、
「あの話は間違いなくこれだ。こんな場所で破裂したんだな・・・・・・」
と一人呟き納得していた。しかしすぐに、横にいる北村の不可解そうな顔を見て思い出した。
「そうか、大将の話を聞く前に帰ったんだったな」
確かに北村は大将と西田達の会話を聞いてはいなかったので、ピンと来ないのも仕方なかった。西田は大将の父親がこの事故で亡くなったということを、たまたま北村の帰宅後、彼から聞いたと説明した。北村も、
「また随分タイミングが合いましたね・・・・・・」
と言いながら塔を上から下までじっくり眺めていた。その様子を見ていた西田は、視点を移し、周囲を見渡してみた。相変わらず風は吹いているが、海は凪いでいた。この風光明媚で静かな浜が血で染まったとは、今の光景からは想像できないでいた。オホーツクブルーの海の色もまた、尚更対照的な血の色を思わせないことに成功していたかもしれない。
「この塔と碑は一昨年、爆発事故50年を契機に建てられたんですねえ。今年で52年目ですか。まさに昭和は遠くなりにけり」
北村の最後の言葉は、西田より年下の人間が到底口にするような言葉ではなく、ともすると上滑りするような類のものだったが、この時ばかりは特段違和感なく耳に入ってきたのは、西田が感慨に耽っていたからかもしれない。二人は数分その場にたたずんでいたが、残りの聞き込みをする必要もあり、塔に向かって一礼すると、その場を後にして車に戻った。
湧別の残り三軒と二店舗、佐呂間での三軒と二社・一店舗での聞き込みを、相手の好意的な態度もあり順調に終えた。特段怪しむべき情報もなく、タイヤも個人の一件について、似たようなものがあったので、採取しただけだった。ある程度予想はしていたので、特に失望はなかったが、この作戦がなんら進展なく終わると、現時点ではNシステム絡み以外の新しい捜査手法が思いつかず、それすら失敗すれば捜査が再び袋小路に入るだけに、次の一手をどうするかで頭が一杯になりつつある西田であった。せめてもの救いは、今日一日オホーツク沿岸の美しい風景を見る時間が多かったことで、多少癒された点だろうか。 二人が夕方、捜査本部に戻ると、いよいよ明日で作戦工程が全て完了するだけに、捜査本部も殺伐とした雰囲気を出していた。他の捜査員もまた、今日も成果を出せなかったことは、詳しい情報を聞かずともよく西田と北村に伝わってきた。




