鳴動23
署に戻ったのは、昼1時過ぎだった。本来ならば、余り早く署に戻りたくはなかったが、この時間帯の田舎道は車も少なく、意図せずあっという間に遠軽に戻ってきてしまったのだ。捜査本部は閑散としていたが、昼飯時だったからというより、その時間帯はまだ他の捜査陣が動き回っている最中だからというのが正しい。ガランとした室内で背広を自分の席にかけると、西田は取り敢えず腰掛けて、どういう風に倉野事件主任官に報告するか思案していた。倉野はまだ昼食から戻っていなかったので、考える時間はあったのが救いと言えた。だが、どう取り繕ったところで、アテが外れたという現実を伝えないで済ませることは不可能であり、そこは腹を決めるしかない。
倉野が戻ってくると、早速西田は駆け寄り、午前中の捜査報告をした。最初は黙って聞いていた倉野だったが、結論が見えると、
「ダメかあ」
と叫びのような声をあげて、軽く舌打ちをした。
「イケるかと思ったんですが、こういう風になって残念です」
と西田は言うしかなかった。
「ローラー作戦もこのままだと厳しい結果になりそうだし、どうすりゃいいかな・・・・・・」
倉野は横で聞いていた沢井課長に振った。
「ほぼ間違いなく、調査会の話が発端でしょうけど、記事を見た人間を全部特定するのは無理ですから、そこがウィークポイントになるのは仕方ないでしょう」
沢井も少々投げやりな言い方をしているようにすら聞こえた。次第に三人の間に微妙な空気が流れているのを、それぞれが感じ始めた時、倉野が沈黙を破った。
「沢井、さっきのNシステムの話だけど、あれ調べてみる価値あるかな?」
突然倉野の口から「Nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)」の話が出て来たことに、西田はとまどった。
「Nシステムは現場周辺にはないはずですが?」
「西田の言うとおりではあるんだが、周辺とは言えないにせよ、最近北見と留辺蘂の国道間にNシステムが設置されたらしいんだ。6月の15日から稼働してるって話」
沢井課長が西田に説明しはじめた。
「事件の後の話ですね」
「それがどう関係あるのか」と言いたい気持ちを、態度にも出さないように注意しつつ、西田は淡々と言った。
「ところがだ、実は本格的に稼働しはじめる前、設置してからすぐに試験運用ってのを数日間やっていたと、ついさっき、11時ぐらいだったか北見方面本部から連絡があってな。たまたまだがその試験運用していたのが、6月の4~10日の間だそうだ。吉見の事件発生が6月9日だから、もしかしたらその期間中に、例の「幽霊」の車がリストアップされているかもしれない。勿論そこを通ってるかどうかわからないし、通っていたとしてもそこを通っているだけじゃ、何の証拠にもならんけど」
「でも、何もないよりは良い情報じゃないですか。少なくとも調べてみて損はないのでは?」
西田は沢井課長の話を聞くと、先程までの懐疑的な気持ちも消え、多少乗り気になっていた。
「ところで幽霊ってのは、毎日のように現場に夜行ってたんだよな?」
倉野が二人に聞いた。
「毎日かどうかはともかく、頻繁に目撃しているJRの連中からは聞いています。勿論JRの職員が目撃していない日にもそこに居た可能性は、やっていたことから推測するとかなり高いかもしれません」
沢井が率先して言った。
「だったら、もし通っていたとしたらだ。中途半端な時間帯に、そこを数日間通っている車を特にリストアップすれば面白いんじゃないか?そんなのは、物流関係とか、特殊な仕事でもない限りそうはないだろ」
中途半端という表現は抽象的だったが、もっと具体的に言えば夜から早朝に掛けてという意味なのは明白だった。なかなか的を射た指摘に西田には聞こえた。




