鳴動12
彼女はやはり色々調べた上で電話を掛けてきたようだった。時間が掛かったことを謝りながら、「何故警察が自分に掛けてきたのか」という疑問を払拭しきれないようで、こちらの出方を探るような言動をしているのが、北村にも手に取るようにわかった。北村が聞き込みの理由をそれなりに説明すると、自分には関係ないと確信を持てたのか、かなり饒舌になった。
元は父親が金華地区の出身でタコ部屋労働の話を聞いていたのと、子供が中学生になったので、手がかからなくなったということもあり、今回参加してみようと思ったらしい。北村自身も直感的にだが、事件とは無関係との確信を得たので、さっさと電話を切りたかったが、中年女性のおしゃべりは止まらず、20分近くも時間を無駄にしてしまった。
一方の西田は白川の勤務先の高校に直接電話して本人の勤務先を確認し、本人とも会話してこちらも無関係だろうと感じていた。残るは永田美沙子1人だが、なかなか電話がつながらず、仕方がないので、2人は名簿全体から何か怪しい人物がいないか洗い出す作業で時間を潰していた。
「まだつながらないのか?」
「ええ、電話番号は携帯ですけど、出ませんね」
「圏外とかじゃないの?」
「いや、圏外ではないです。ただつながらないだけですね」
「北見もまだ圏外地区が多いから、それが理由かと思ったんだがな」
「遠軽よりましでしょう。ここはちょっと外れると携帯もPHSもすぐ圏外で、全くつかいもんになりませんから。それにしてもずっと出られない状況なんですかね。2時間ぐらい経ってますが」
「そろそろ捜査会議の時間になっちまう」
「今日の所は仕方ないですよ」
そんな会話をしていると、突然電話がなった。北村が受話器を取ると永田からだった。
電話の声はかなり訝しげなトーンだった。富岡同様やはり怪しんでいるらしい。確かに通知された電話番号が知らない相手からのものだったら、若い女性ならそういう態度にでるのが当然だろう。北村が警察関係者であることを名乗ると、割と安心したように聞こえたのは、富岡より若く世間知らずなのか、ただ単に人を信用しやすいからなのかわからないが、そこからは話はスムーズに進んだ。
本人が言うには、今回の調査に参加しようと思った理由は、通っている北見青洋大学文学部のゼミで、北海道の開拓史について学んでいたかららしい。白川と富岡は自宅で屯田タイムスを購読していたのに対し、永田が購読リストに無かったのは、大学の図書館で屯田タイムスの記事を見たことが原因だった。確かに購読リストには青洋大学の図書館が含まれていた。元々こういう多くの人の目に付くところが新聞を取っていた場合、どこまで調べるか難しいことは予想できたが、現実にこういう例が出てくると、それを再認識させられた。
10分ほど聴取した限り、永田本人には色々考えて怪しい点が見当たらなかったので、本人が実際に大学に在籍しているかどうかは後で確認することにして、取り敢えず3人についてはこの時点でほぼ事件には無関係という結論を出さざるをえなかった。北村は西田に一通り永田との会話について説明した後、大きく溜息をつくと、椅子の背もたれを使って上半身を反らした。
「まあ仕方ない」
西田がそんな部下に声を掛けたが、
「この3人に怪しいところがないとなると、調査会のメンバーについてはこの先なかなか厳しいですね」
と絞り出すように答えるのが精一杯だった。
「調査会については厳しいかもしれない。だが、永田の例を考えるとやはり記事を見た人間は、個人で取っているよりかなり広い。まだ諦める段階じゃない」
と西田は言うと、調査会と購読者のリストを見比べながらコーヒーを啜った。
そしてこの日の捜査会議の時間になり、西田と北村、北見から直前に帰還した向坂、竹下のコンビも本部に集まった。会議でも西田や竹下達のグループだけでなく、他のグループも成果は得られていないようで、捜査全体として進捗状況は悪いことを倉野事件主任官も認め、捜査員に強めのハッパを掛けた。倉野もある程度の難航は予想はしていたと思うが、時間的に甘いことは言っていられないのは、捜査員達にも痛いほどわかっていたことである。厳しい雰囲気の会議が散会した後、副本部長である槇田署長と沢井刑事課長が遠軽署の刑事達を集め、ねぎらいの言葉を掛けたのが、西田達にはせめてもの慰めだった。




