鳴動10
「あれは調べようによっては『お宮入り』する必要はなかったと、俺は今でも思ってる。刑事人生でまともに後悔したのはあの件だけだな」
敢えて事件とせずに「件」としたのは、現状があくまで失踪という形だからだろうが、むしろそのことが向坂の無念さをにじみ出させていると、聞いていた竹下は強く思った。だが、竹下はその先の向坂に言うべき言葉を飲み込んで、コップの水を空になるまで喉に注ぎ込んだ。その後の2人の間の会話はレストランを出るまで弾まないままだった。
食後、すぐに伊坂組に調査に入った2人を応対したのは、専務の北川だった。わざわざ専務が応対したのには少々驚いたが、下っ端よりは突っ込んだ話ができるわけで、望むところでもあった。豪華な応接室でお互いに決まり切った挨拶を交わすと本題に入った。
「刑事さん達も大変ですねえ、わざわざ新聞の購読の件で聞き込みとは」
竹下から事件で購読リストを洗っていることを聞かされて出た、北川の第一声がそれだった。
「まあこれも仕事ですから」
頭を掻いて苦笑した向坂だったが、すぐに真顔に戻って話を続けた。
「この屯田タイムスは社内の誰でも見られるようになっていたんですか?」
「そうですね。この「部屋」に1部、従業員休憩所に1部という形になっていました。応接室で読んでいるのは基本的にお客さんか役員クラス、休憩所のやつは社員が読んでいるという形でしょう」
さすがに、北見でもかなり大きい会社だけあって、数社の新聞を複数部取っている形態のようだった。こうなるとかなりの人数があの記事を見た可能性がある。
「どれくらいの人が見ているかわかりますか?」
「どれくらいといいますと?」
竹下の質問を聞き返す北川だったが、確かにわかりにくい質問だったと反省して言い換える。
「つまりですね、この会社でこの新聞を実際に見ている人がどのくらいいるかということです」
「さすがにそれは具体的にはわかりませんけど、まあ地元の記事が色々載っているので、うちの会社の人間はかなり見ているんじゃないかと思います。因みに私もそこそこ見てますよ」
と北川は一呼吸置いてから話した。従業員だけで100名近くはいるだろう会社だけに、これだけで絞り込むのはかなり厳しいと竹下は感じた。そして、
「わかりました。これ以上は聞いても無駄でしょうね。この程度のことで時間を割いていただき、色々有り難うございました」
と向坂は北川の返答にそっけなくそう言うと、頭を軽く下げて立ちあがった。向坂もこの状況下でこれ以上聞いたところで意味がないと感じたのだろう。竹下もそれに続き立ちあがった。が、その直後、向坂が北川に思いがけない質問をした。
「突拍子もないことで申し訳ないですが、わざわざ専務さんが我々に応対してくれたのはどうしてですかね?」
北川は予想もしない質問にぽかんと口を開けたまま数秒黙ったままだったが、「いや社員から連絡を受けまして、社長にそうしろと言われたからですが・・・・・・」
と言った。
「そうですか。いきなり変なことを聞いてすみません」
そう言うと、再び頭を下げて、2人は応接室を出た。




