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明暗46

 受話器を乱雑に置くと、

「2人共驚くなよ! あの伊坂太助という人物の指紋、なんと伊坂大吉と一致した!」

と早口でまくしたてた。

「ええ!?」

それを聞いた二人は期せずして同時に立ち上がった。

「今すぐ鑑識に行くぞ!」

部長の指示が出た頃には、西田も吉村も鑑識に向かうため、既にドアへと向かって歩を進めていた。


 刑事部・鑑識課の部屋に着くなり、担当者と思われる中年の職員が、

「部長! 出ました」

と立ち上がって声を掛けてきた。

「八代! どういうことだ!」

駆け寄る3名に、八代という鑑識職員が説明を始めた。


「血判かどうかということで、まずルミノール反応を調べたんですが、案の定、血液反応がありました。血判で間違いないと思います」

「いや、それは後でいいだろ! 指紋だ指紋!」

遠山は八代を急かした。

「あ、はい。それでですね、戦前のモノということで、正直データベースにはないとは思ったんですが、一応前歴(いわゆる前科)との照合しておこうと思って、入れたところどうもヒットするものが出て来まして。それで一応、最終確認は目視ということで、今しがた慎重に調べてみたら、伊坂大吉の右手親指の指紋と一致しました。他の3名には、少なくともデータに残ってる前や採取事例はなかったようです」

「ちょっと待って下さいよ! 伊坂大吉には「前(前歴のこと)」があったんですか?」

西田は疑問を口にした。

「いや、前歴ではなく、8年前に捜査対象になった際に採取したみたいですね。しかも任意というわけでもなく、取り調べの際にでも捜査官が勝手に採ったものじゃないかと推測します。任意提供の扱いでもないですから(作者注・指紋が令状による強制、或いは任意、或いは無許可によるものという分類がデータベース上されているかどうかは、よくわかりません。但し、スピード違反などの書類に、判がない場合に押させる拇印のデータも、前歴同様にデータベースに保管されていることを考慮すると、一括でデータ扱いされていることは事実ではないかと考えています)」


 八代の言っていることは、いわゆる「証拠能力」としては有効性に欠けるものということになる。証拠能力に欠ける指紋は、刑事裁判では法的証拠とは当然成り得ないが、捜査においての被疑者の「確信度」には影響するわけで、8年前の捜査関係者が伊坂の関与を疑っていた以上、念のため採取しておくことは不思議ではなかった。また、伊坂のバックに国会議員が居たとなると、通常ではかなり強制に近い「任意同意」に基づく指紋採取すら出来なかったことにより、このような形で登録された可能性もあった。


「もし任意での指紋提供を断っていたとすれば、こうなることを避けたかったんでしょうか……」

「どうだろうなあ。そこまで考えていたかはわからん。指紋はなかなか押す気にはならんだろ、どっちにせよ」

遠山は吉村の考えを否定したが、西田は完全に否定するほどありえないとも思わなかった。

「しかし、こうなってくると4年前に少なくとも指紋だけでも調べておけばという気にもなるな……。既に本部長も前任の加山さんに交代していたし……。確かに圧力については本部長が変わったところで、現場にしてみりゃ亡霊のようについて回っていたのかもしれん。オレですら消えていたとはっきり明言出来ないんだから。でも指紋のチェックぐらいはやっておけたよな? 何より伊坂も篠田と言う人間もまだ生きていたんだろ?」

遠山は残念そうに言った。確かにこの文書に伊坂の指紋が付いていたとすれば、伊坂が戦前に起こしたと書かれていた殺人を元に、佐田が伊坂に何を要求したか推測は付く。ただ、伊坂が口を割らない限り、篠田と北川にたどり着く可能性もそうは高くはなく、佐田の遺体が発見出来ないまま立件することは相当難しいとも言えた。取り調べの技量にもよるが、指紋の一致だけで決定的というのも違うのではないかと西田は思っていた。


「しかし、伊坂太助ってのは大吉の偽名だったんですかね?」

「どうだろうか。もしそうなら伊坂自体を偽名にしていても良かったんじゃないか?」

吉村の質問への遠山の回答は的確だと西田は思ったので、

「自分もそう思いますね。改名した可能性の方が高いかもしれません」

と同意した。

「早速こっちで調べさせる」

部長は携帯から本部の部下に指示を出した。

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