明暗45
両名は佐田家を出ると、道警本部に向かって車のスピードを上げた。西田は信号の接続が良く、流れるように進む札幌新道の車窓を見ながら、道警本部刑事部長の遠山の携帯に連絡を入れた。遠山は案の定休みだったが、西田の話を聞くとすぐに本部に駆けつけることを約束した。
西田はタバコに火を付けて一服すると、
「しかし、今回の件で佐田があの生田原の現場を知っていた、もしくは少なくとも場所について関心はあったことがわかったな」
と吉村に話を振った。
「ああ、そういうことになりますね。伊坂、北川、篠田、佐田の事件に関係する4名ともあの場所に縁があったという」
「その件については以前竹下と話したことがあってな……」
西田は弘恩寺の岡田住職に種村の写真を見せに行った時のことを思い出していた。
「俺は『ひょっとすると佐田自身の意思で、生田原の殺された現場に行ったんじゃないか?』という話をしたんだ。竹下はいまいち乗り気じゃなかったけど」
「なるほど。そこどうなんですかねえ……。殺された場所が埋められたあそこと同じとは限らないんでしょう? 少なくとも遺棄には関わってるだろう北川と篠田には、あそこに埋めるだけの根拠がある。人もこないし国鉄時代の土地鑑(勘)もあった。佐田があそこに行かないとあそこに埋められないと言うことにはならないはずです」
「そこなんだよなあ。ただ、竹下にも言ったんだが、遺体だけ運ぶにせよ、車を駐められる場所からはかなり歩くしなあ。複数人でもキツくないか?」
「そこはバラバラにしてってのも手ですよ。今回も遺骨は一体のまま見つかったわけじゃないですから、その点については不明ですけど」
「なるほど。バラバラねえ。確かにその可能性はある。竹下は脅して現場まで生きたまま連れて行った可能性についても触れてたな」
「そうですか。ただ、脅して連れて行くとなると、さすがに現場まで辿り着く感に、あの辺鄙な場所とは言え、他者と遭遇しないと言う保証はないですから、そこは微妙ですね。途中で助けを求められたら厄介ですから。だったら俺のバラバラ説の方がいいと思います」
この点の反論の仕方は、あの時の竹下と同じだった。
「バラバラ説か。それも説得力はあるが……」
西田は煙を大きく吐くと、灰皿にねじ込んだ。
「まあ、考え方は色々あると思いますけど、佐田が生田原の現場に知識があったという意味では、係長の説にとっても一歩前進はしたんじゃないですか?」
あの時の竹下同様、吉村も西田に気を使ったようだ。
※※※※※※※
午後3時過ぎに西田と吉村が刑事部に着くと、若干遅れて遠山が到着した。
「話は本当か?」
「はい。これがそれです」
手紙と証文を遠山に渡す。勿論遠山は詳細を把握はしていないので、読んだところで多くを理解できるわけもないのだが、西田の説明を聞けば、かなり重大な意味を持つことはわかったようだ。
「で、伊坂大吉とこの太助という人間の関係を調べればいいんだな?」
「まあ太助が実在していない場合もあり得ますし、当時の使用人である人足の置かれていた状況を考えると偽名の場合もありますから。そう考えると伊坂という苗字に偶然の一致がないとは言えません。ただ、もしこの太助と大吉に何の関係もなければ、佐田の要求を伊坂は門前払いで済ませれば良かったはずですから、自分はそれらの可能性はほぼないと考えています。後、この拇印が血かどうか鑑識に確認してください。さすがに血判となると、信憑性が上がると思うので」
西田の言葉を受けて、すぐに遠山は鑑識を呼んだ。
※※※※※※※
一方、ファックスを受け取った遠軽の沢井課長は、その内容に西田、吉村同様驚いていた。竹下を呼び出すと、読み終わったものを黙って渡した。竹下も一瞥しただけで顔色を変えた。
「これは……」
と一言沢井に言うと、そのまま自分の席に戻りじっくりと読み始めた。最後まで読み終えると、竹下もこの手紙と証文の持つ意味の大きさを心底理解したようで、
「伊坂太助ですか、キーマンは」
と課長に喋りかけた。
「ああ。ここが結びつけば、事実関係はかなり明らかになるんじゃないか? それにしても、二人を札幌に送り出した甲斐があったが、まさかここまで核心に迫るものを見つけてくるとは思わなかったよ。それにしても4年前になんとかなっていれば、生存していた伊坂大吉に迫れたものを」
と残念そうに言った。
「ただ、佐田の遺体が見つからないことにはどうにもならなかったでしょう? 決定的じゃない。3名の遺体の説明も、たまたま奥田老人の証言を西田さんが聞いたから成り立っているわけで。遠軽署ですら事件化してないものを、北見方面本部が知っていなくてはならないというのは、さすがに気の毒だと思いますよ」
竹下は4年前の見逃しを擁護したのと同時に、
「それにしても、佐田はどうして伊坂という苗字が同じだけで、伊坂大吉に辿り着いたんでしょうねえ。こっちは佐田と伊坂が絡んでた事実を知っているから納得できますが……」
と呟いて首を捻った。だが、西田と竹下の、4年前の北見方面本部の対応についての擁護が無駄となるのに、そう時間が掛かることはなかった。
※※※※※※※
鑑識に任せている間、西田と吉村は部長室で遠山と歓談していた。自然と8年前の捜査が大島海路の圧力により頓挫したことについての話題になっていた。
「俺も当時は『本社』勤務だったが、刑事部ではなかったから、あくまで『本社』内での噂だが、当時の道警本部長の丹内という人間が、どうも大島の派閥の領袖である民友党・箱崎元首相の息が掛かった人物らしくて、圧力がより効きやすい状況だったということが言われてた。なんでも箱崎元首相と高校が一緒で大学も同じ東大ってのがあったらしい。勿論、北海道選出の大島だから、そういう影響力もあった」
「なるほど。いくら警察と言えども、重大事件に繋がる要素がある話にしては、かなり雑な幕引きさせてますから、おかしいとは思っていたんですが」
西田は部長の話を聞いて、非常に憤りを感じていた。
「それを今回遠軽署の君らが、年を経て見事にひっくり返したってわけだ。東京にいる大島がそれを知ってるかどうかはわからんが、何か一悶着あるかもしれん。勿論、殺人事件と明白になった今では、その圧力に今更屈することは許されんだろう」
「そうだといいんですがね」
吉村は信じられないような素振りを見せた。
「そうじゃなきゃ困る!」
部長は言葉尻を強調した。そんな会話を続けていると、部屋の電話が不意に鳴った。
「鑑識からかな」
受話器を取った遠山の顔を見ていた西田は、徐々に紅潮していくのを確認していた。




