明暗41 佐田徹家訪問
西田も吉村もそれぞれフリーだった土曜日を有意義に過ごした。西田は家族サービスに完全に当てた。一方吉村は、後から聞く分には高校時代の友人に会っていたようだ。
9月10日日曜の昼前に、車で吉村がマンションに西田を迎えに来た。西田が外のエントランスを出ると、空にはうろこ雲がかすかに散らばっていた。気温はまだ高いが、季節は確実に秋に入っていたのだと西田は再認識した。
「約束は午後1時だったな? 十分間に合う」
助手席に乗るなり、西田は腕時計を確認した。
「伏古で札幌新道からすぐの場所ですから問題ないです。石狩街道から新道に合流するルートで行きます」
ギアを入れると、2人を乗せた車は南9条通まで出て、そのまま札幌中心部の、大通公園と並ぶ憩いの場である「中島公園」を通り過ぎると石狩街道に入るため左折した。そこからはほとんど信号に停まること無くあっという間に札幌新道との交差点まで行き着き、右折して伏古地区の佐田宅に45分程で着いた。
約束の時間まで、調整のため多少車内で時間を潰した後、午後1時ジャストにインターホンを押して中へと通された。西田と吉村が通されたて座った居間のソファーのテーブルを挟んだ前には、佐田の未亡人「明子」と、佐田の息子「誠」、娘の「実由」が座っていた。
「この度はうちの人を見つけてくださってありがとうございました」
明子から電話で初めて会話した時と同様に丁寧な礼を言われて、西田はなんとも言えない気持ちになった。正直、直接顔を合わせる今回は、ある程度の嫌味ぐらいは言われても仕方ないと覚悟していたからだ。事情があったとは言え、当時の捜査が渾身のモノだったとは、素人目に見ても言えないはずだった。
「いえ、こちらこそ。理由があったにせよ、ご主人を見つけるのに8年も掛けてしまいました。当時の担当者からもよろしくお伝え下さいとの言葉を預かってきています。本当に迷惑おかけしました。まだご遺体の方はお返し出来ていませんが、詳細を調べるのにもうちょっと掛かるかと思いますので、辛抱ください」
西田は謝罪の言葉を率直に述べた。勿論社交辞令ではなく、心からのものだった。
「さすがに半年過ぎた頃には覚悟はしていましたが、いざ見つかってしまうと、本当に死んだんだなという何とも言えない気持ちですね……」
誠は淡々と言ったが、その言葉の意味は西田にも吉村にも十分伝わっていた。
「しかし、8年前にわからなかったことが、どうして今年になって……」
「とある殺人事件の発覚とそれに伴う捜査がきっかけで、芋づる式にですね」
実由の疑問に吉村が答えた。
「その事件と父の事件が関係があったということなんですか?」
「簡潔に言うとそう捉えていただいて構いません」
「それじゃあ、父を殺した相手は捕まる可能性があるってことなんですね?」
「それについては……」
実由からの立て続けの質問に、西田は一度答えに詰まって、一旦話を切ったが、思い切ってある程度真実を語ることにした。
「ありのままを言わせていただきます。事件に直接関係したと思われる人物が、既に複数死亡もしくは起訴できない状況にありまして、かなり難しいかもしれません」
敢えて北川の現状は詳細に言わなかった。3人は一様に落胆した表情を浮かべたが、今更変に期待させても反って気の毒なだけだ。
「ただ、そうは言っても、どういうことでお父さんがそういう目に遭われたかということは、やはりご家族としては知りたいでしょうから、我々も真相を解明するために尽力するつもりであることには変わりありません」
西田の言葉に吉村も頷いた。
「そうですか……。こちらとしてはお任せするより他ありません。よろしくお願いします」
誠は努めて冷静だった。西田は出されていたコーヒーを口にしたが、あまり悠長に味わっている気分ではなかった。
「係長、そろそろ事件の話を聴かせていただきましょうか?」
そんな西田の様子を見ていたか、吉村が自ら切り出した。
「そうだな。じゃあ早速。もしかすると失礼なことも伺うかと思いますが、捜査のためですのでご協力ください」
「はい、わかっております」
明子が頷いた。
「まずご主人の実さんが北見の佐田に会いに行く前の話ですが、経営されていた食材卸売の業績が良くなかったようですね」
「ええ。お恥ずかしい話ですが、資金繰りに行き詰まりまして……。本業は順調だったのですが、当時バブルの始まりということもあって、投資話で大きく騙されまして……。それで、苦しくなってきて、いよいよ父は1987年の初夏ぐらいから金策に奔走していました。その時に突然、北見の伊坂組という会社から資金提供を受けられるかもしれないと言い出しまして」
「それなんですが、伊坂組と実さんの関係というのが、それ以前からあったとは思えないという話が、ご家族からも出ていたようなんですが?」
吉村が続けて誠に質問すると、
「仰るとおりです。当時の警察の方にもそう話しました。私達家族から見ても、父が伊坂組の話を出した時にそういう疑問がありまして。勿論、はっきりと問い正すようなことはなかったんですが、今となってはきちんと聞いておくべきでした」
と、悔しそうに答えた。
「重要参考人だった、当時の故・伊坂組社長は、『実さんとは以前から付き合いがあった』と証言しているんですが、やはりご家族は知らなかったと言うことで間違いない?」
西田は資料を読みながら確認したが、捜査情報と当然この証言は一致していた。
「それで、北見に伊坂社長に出かけていった実さんから、行方不明になる前日、資金提供が受けられると連絡があったとようですが、その時の実さんの様子なんかは、電話ですけどわかりますか?」
「西田さん、そうです。とても喜んでました。私もそれを真に受けまして……」
明子は辛そうな表情をしたが、それで聴取を躊躇するわけにはいかない。
「その時には何か問題があったという認識は、やはり実さん自身もしていなかったんですね。ところで、実さんは、それなりの規模の企業経営者だったということですから、有力者との付き合いもあったかと思いますが、特に政治家とかそういう方面との付き合いのようなものは?」
「といいますと?」
誠の態度から、西田は警察からは家族への事情説明の際に、事件に国会議員や道議会議員が絡んでいたという、その手の「匂わせ方」はしていなかったと確信した。念のため、別方向からの「ジャブ」を打っておいて助かった。ということは、西田も今のところは言及しない方がいいだろうと考えた。
「いや、そういう方面の人とコネがあると、銀行なんかが動いてくれるという話を聞いたことがあったので」
「そんなコネがあったら、倒産してないですよ。ウチは父が一代で興した会社でしたし、伯父はそれなりに資産家でしたが、あまりコネがある方ではなかったと思います」
気に障ったか、誠はかなり抑えてはいたが、内心憤慨していたのは手に取るように分かった。




