明暗40
「さて、どうしましょうか? 日曜まで暇ですね」
吉村が西署から出て、すぐ旧国道5号に入った後、道なりに進みながら西田に聞いた。
「そう言えばおまえの実家って西区だったよな?」
「そうです。八軒です。係長の家は中央区でしたよね?」
「ああ。中央区の伏見だ」
「伏見ですか。藻岩山麓の良いところじゃないですか! うらやましいな」
「うらやましいたってただのマンションだぞ? おまえのところは一戸建てなんだろ?」
「まあ八軒と伏見じゃ、その違いがあってもねえ。うちは築30年だし。係長のところは最近買ったんですよね? だから単身赴任になったって言ってたじゃないですか。やっぱり羨ましいですよ」
「そんなもんか?」
そうは言っても、内心、文教地区で自然豊富な場所を探して選んだのだから、ある意味吉村の言っていることを意識して購入したのは自明だった。
「ご両親は今家に居るのかな? 居るなら挨拶してこうか」
「いやいや、係長やめてくださいよ! そんな家庭訪問みたいな真似は!」
吉村はかなり焦ったようになった。まあ上司が家に両親に会いに来るなどというのは、確かに気分が良いものではないだろう。西田も本気で言ったわけではなかったが、その吉村の慌てぶりが面白かった。
「わかったよ。俺もわざわざ部下の両親に会いに行くほど物好きじゃない。面倒だからこのままウチまで送ってくれ。日曜日に佐田の家族に会いに行く時におまえにウチに迎えに来てもらわないといけないんだから、予行演習にもなるだろ?」
「それもそうですね。ついでに奥さんとお子さんにも会いたいですね」
「おい、さっきの仕返しか! マンション前までで帰ってくれ」
「はいはいわかりましたよ」
吉村はしてやったりという表情をした。
旧国道5号から環状通に入ると、そのまま南下し南9条通りの交差点の手前の赤信号で停止した。「これ旭山公園の方向に曲がります? それとも直進?」
吉村が聞いてきたので、
「伏見って言っても藻岩山麓通り沿いじゃなくて、下の方だ。啓明ターミナルってバスターミナルの近くだ」
「ケイメイターミナル?」
「ああ、南11条の交差点で右折」
西田は説明するのが面倒になったので直接的に道を教えた。南11条の交差点で右折すると、住宅街を西田の指示で縫うように進み、中国領事館の傍のマンション前に停車した。
「ここですか。いやあいいところですねえ。まさに閑静な住宅街って感じでうらやましいわ」
「マンションが建つ前はどっかの銀行の社宅だったらしい。バブル崩壊で福利厚生を削らざるを得なくなったんだろう。いわゆるリストラって奴だな。今でもここら辺の社宅を潰してマンションにする話がちらほらあるみたいだ」
「まだまだバブル崩壊の余波は続きますか……」
「そんな話はどうでもいいや。吉村、そこの来客用の駐車場に車駐めろ。茶ぐらいごちそうしてやるよ」
思いがけない西田の言葉に、
「え? いいんですか?」
と吉村は驚いた。
「ああ、カミさんには、もしかしたら部下連れてくるかもって、遠軽出る前に言っておいたから、茶と茶菓子ぐらいは用意してあるだろ」
「そりゃ嬉しいな。同級生だったっていう係長の奥さんがどんな人かも見てみたいし、遠慮なく」
吉村が子供のように喜んだのを、西田は微笑ましく見ていた。




