明暗35
9月6日20時過ぎ、北見方面本部より、正式に遺体の身元が「佐田 実」と確認された。既に9月4日には、歯型と治療痕、血液型より確実視されており、遠軽署にもその旨は伝えられていた。西田の推理通りに遺体が出て来た時点で、確信できていたことと併せ、インパクトのある報告ではなかったとは言えた。
法医学を以ってしても、この時点で死因はやはり特定出来ていなかったが、状況から見て殺人による死体遺棄と見られることは当然の帰結だった。一方でそのことが、米田の殺人のために設けられた捜査本部が、佐田の殺人も絡んだ連続殺人の捜査本部になるということにおいて、やはり「重み」の面ではるかに違うことは否めない事実だった。
遺族にとっても、行方不明になった1987年(昭和62年)の秋以来、8年目になってようやく死亡が実際に確認されたということになった。死に対する覚悟は持っていただろうが、やはり遺体が出てくるということは心理的には確実に違ったものだろうことは、捜査員にとっても容易に想像できた。ただ、北見方面本部の鑑識と科捜研では、顎が砕かれていたこともあり、若干鑑定に不安があるという名目、実質「練習」も兼ねてか、DNA検査もしておきたいということで、遺骨の引取にはまだ時間が掛かりそうだということだった。
9月7日昼前には、槇田署長と沢井課長は強行犯係と盗犯等係も含めた刑事課の捜査員の前で、正式発表を受けた訓示を行った。
「諸君の努力のおかげで、先日見つかった遺体が佐田実氏の遺体と確認され、正式に捜査本部が立ち上がることになった。だが、残念ながら道警本部より、引き続き遠軽署単独での捜査をせざるを得なくなった」
署長の言葉に、一同からどよめきが起きた。ただ、西田はある程度覚悟出来ていたので、反応を示さなかった。
「すいません! さすがに連続殺人となると、ウチ単独ってのは無理があるんじゃないですかね?」
小村が疑問をストレートに口にした。
「道警本部並びに北見方面本部からは、我が遠軽署単独捜査命令の理由として、昨今の各本部が置かれている殺人事件捜査で、人員が割かれていることによる物理的困難性がまず挙げられた。そして、当一連の殺人事件での重要参考人である、伊坂大吉、篠田道義の2名が死亡、北川友之が意識不明状態下にあり、回復の見込みがない状況であるため、事件の全貌の解明が難しい、もしくは解明したとしても立件が現実には出来ないということも大きな理由とされた。これは自分の推測だが、どちらかと言えば、実際には後者の方が大きいと考えている」
署長の説明に、不本意ながらも納得せざるを得ない刑事達だった。確かに緊急性がなく、被疑者が既に死亡しているとなると、警察として大規模に動く動機づけとしては弱すぎることは事実だった。
「まあとは言っても、まだ犯人が全員死んでいるとは限らないし、やはり事件の実態は解明出来るならすることが被害者遺族のためにもなるだろう。我々が全力で捜査するという立場に変わりはない」
課長は明言した。
「幸い、道警本部も新たな臨時予算を付けてくれたし、そういう意味では、最低限の協力体制は整えてくれている。また当時、佐田の事件の捜査にあたった捜査員などにも、我々に協力するように指示を出してくれてもいる。更に8年前の事件を再び洗いだしたという面で、諸君の本部からの評価も上がっていることもまた確かだ。だから『見放された』という意識は持たないでくれ」
署長の発言は部下を鼓舞する意図もあっただろうが、事実ある程度は評価されているとは西田も考えていた。




