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明暗30

 署に戻ると、西田は早速説明を始めた。強行犯メンバーとしては、結論から先に聞きたかったようだが、西田としてはじらして自慢したいこともあったものの、それ以上にどうしてそういう結論になったかのプロセスを説明することが、ある意味結論より重要だと考えたこともあった。


「話は先日紋別署からの帰りに、吉村がおかしなことを言い始めたことから始まっている」

「俺、変なこと言いましたっけ?」

吉村は素っ頓狂な声を出した。

「葬儀場と骨董屋の話だよ」

「あれですか。骨董屋と骨壷の話?」

「それだ。葬儀場の隣にある骨董屋なんて骨壷売ってるイメージだとね。わけのわからない発想だけを責めたな、あの時は」

「散々言いたい放題でしたね」

吉村は怒っているような口調をわざとしておどけた。

「そして今日だ。ぶつかって資料を散らかしてくれた。課長にも言われたな」

「はいはい、確かに怒られました。ただそれがどうして佐田の遺体を見つけたことにつながったんですか?」

「まあ焦るな吉村」

西田はそう言うとホワイトボードにマーカーで要点を書きながら説明をし始めた。


「篠田を捜査していた時に、北川の時計を失くしたこともそうだったが、奥さんの話では相当忘れ物をしやすいタイプだったと聞いた。この点はどうも吉村同様、悪く言えば注意力がない、良く言えばって程でもないが、色々周りのことにドンドン目が行ってしまうというタイプでもあったと思う。つまり、篠田も3年前の8月10日はほぼ確実、11日12日も湧別大橋の工事現場から生田原の事件現場まで時計を探しに行っていたと仮定すれば、242号を走るのは間違いない。その時に「冴島骨董店」の前を通り過ぎた、いやもしかしたら信号待ちで止まったことがあったんじゃないかと。そしてあの葬儀場と骨董店の並びに目が行って、吉村と同じようなことを考えたのではないか? そんな気がしたんだ」

「うん? 骨董屋で骨壷が売っているって言う妄想をしたって?」

課長は怪訝な表情をして言ったが、すぐに問いなおした。

「つまり、西田の推理ってのは、骨壷を使って佐田の遺体を墓地みたい場所に移動させるつもりだったってことか? 言われてみれば遺骨が当然ある場所に隠すことは、推理小説でもあるように、悪いやり方じゃない。だとすれば生田原か遠軽の墓地ということになるのか!? ただ葬儀場から骨壷の着想の時点で、少々飛躍がありすぎるような気がするが。骨壷は骨董屋には売っていないだろうし、そう簡単に手に入るもんでもない」

 

 西田は、篠田が骨壷に類似した壺を、3年前の8月10日に骨董店で購入していたという事実を既に抑えていたことを敢えて隠し、話を再開した。結論よりもプロセスを追って話したい気持ちを貫徹したからだ。いや、もはやただ単にもったいぶりたかっただけかもしれない。

「ええ、確かにかなり突飛な発想だと思います。でも骨壷は骨壷と同じような色や形状のもので足りますからね。それは骨董屋にもあったはずです。そして篠田にはそういう発想をしてもおかしくない事実認識があったことも確かだと考えています」

「事実認識?」

「篠田、これは北川もですが、彼らは1977年、昭和52年9月25日の慰霊式典において、タコ部屋労働の犠牲者の遺骨が骨壷に入れられて、慰霊碑の下の墓標に納骨されるのを目の前で見ている。これは当時弘安寺の僧侶として出席していた、弘恩寺の岡田住職が証言しているので間違いないでしょう」

「ああ、そんな話を先日ここで住職がしてくれていたな」

課長は思い出したように言った。

「そうです。同時に大事なのは、その時に、事件化出来ずに無縁仏として葬られた3体の遺骨が入った骨壷も一緒に納骨されていたと言うことだと思います」

「それについては、種村とかいう発見者が後から篠田や北川にしたって話だったっけ?」

「ええ。そうなると、目の前で見ていた納骨された骨壷の中に、全く無関係の遺骨が入っていたものも含まれていたということが、大きく篠田に印象付けされたのではないかと。そして8月10日は、竹下の説を採れば、殺したはずの佐田が生きているかもしれないという情報を得ていたわけです。そうだとすれば、遺体がその場所に実際にあったとしても、心理的にもっと安全な場所に隠したいという意識が働くかもしれないという考えには説得力がある。だからこそ、生田原の現場に向かっている時には、遺体がちゃんとそこにあるなら、更に何処に隠すかということを常に考えながら運転していた可能性がある。そうなれば、尚更吉村の発想と似たような考えを思い付くことは十分考えられるのではないかと。5年の経過を考えれば、当然かなり白骨化していると考えるのも不思議ありません」

「あ、ちょっと待て! 西田は墓地じゃなくて、あの『辺境の墓標』に佐田が紛れて隠されているって言いたいのか?」

課長の声は上ずっていた。課長自ら慰霊碑と墓に名付けた「辺境の墓標」というフレーズが余程気に入っているらしい。他の誰も使っていなかったにも関わらず、この期に及んでも使っていた。

「そうか! あの場所なら、人骨があっても当然で、仮に見つかってもただのタコ部屋労働者の遺骨ぐらいにしか思われないし、そもそもが誰も開けない。確かに墓地に隠されたのと同じだ。5年見つからなかった場所から敢えて移す価値はあると思います」

小村は感嘆の声を上げた。

「いや、それだけじゃない。遺体を移動させる際に人目につくという、ある意味リスクがほとんどない。距離も近いし、あの山の中だから」

竹下が更に付け加えた。

「その通りだろう。篠田は国鉄の職員だったから、あの場所に入り込んでくる人間が滅多に居ないことは知っていた。鉄道写真を撮るために入ってくる人間や保線の人間は居ても、あの場所は鉄路からそれなりに離れてるし、あったとして山菜採りが居るか居ないか程度だろう。だからこそ、米田が篠田の前に現れたのは、2人にとって不運中の不運だったと思う……」

西田は神妙な顔つきでそう言うと、

「おそらくだが、米田は、篠田の人影が鉄路の近辺から山中に入り込んでいくのを見たんだろうな。だからこそ何かと思って近づいてみたんじゃないか」

と続けた。

「ほんと、酷い話ですよ……。まだ若かったのに」

黒須も残念そうに言った。


「課長が結論を言っちゃったんで話が飛んでしまったけど、自分がそう考えるに至ったのは、今日の散らばった資料が、実は見た目は一緒だが、中身は別のものだったということがあったんだ。それが別の『種類』の遺骨でも、一箇所に集められれば、同じ種類の遺骨として扱われるようになると、篠田が考えたんじゃないかということにつながった。さっきも言ったが、納骨の際に実は無縁仏も一緒だったことを後から知ったことが、篠田にとっての大きなヒントになったのではないかと」

「なるほど。じゃあ今回の西田の推理が出てくる背景には、終始吉村の落ち着きの無さがあったってことなんだ。吉村、怪我の功名だな」

茶化す課長を前に、

「いや、よく考えてみれば今回の事件、吉村が幽霊騒ぎの虚構説を持ってきて、更に常紋トンネル調査会の遺骨収拾話を聞いてきたことで、北川が浮かび上がるきっかけになってるわけですから、ある意味ほとんど吉村のお手柄でここまで来たと言えないですかね?」

と西田は言った。

「そうか。言われてみればそうだな。全部吉村がキーマンになってるわけだ。ははーん。こいつは天才かもな」

「褒められてるのか馬鹿にされてるのかわかりませんね」

吉村は困った顔をしたが、

「いや、本気でおまえのおかげだよ、ここまで来たのは」

と西田は真面目な顔をして語った。

「盛り上がってるところ申し訳ないんですが、ちょっと待って下さいよ。まあ推理としては確かに筋は通るし面白いとは思いますが、やはりかなり大胆なものであることには変わりないような気がしますが……。壺の話も仮説ですよね? まだ喜ぶべき段階ではないかと」

黒須が言いづらそうに異を唱えた。

「いや、まあそれはそうだが、調べてみる価値はあるだろう」

課長も先程までの調子の良い発言は控えた。西田はそれを見ながら、切り札を見せるときが来たとほくそ笑んだ。

「実はね、さっき渦中の冴島骨董店で確認したんだ。ある男が3年前の8月10日に白い大きな白い円筒状の壺を4つ購入したことをね。そしてその男が誰か確認したら、この男だと店主は証言してくれたんだ」

西田は胸ポケットから篠田の写真をゆっくりと出した。

「おい! 早くそれを言え」

課長は声は怒っていたが、表情は完全に笑顔だった。他のメンバーも喜んで手を叩いた。竹下だけは冷静を装って、

「3年前でしょ? その点だけがちょっと不安ですね」

と言ったが、それに対して、

「ちゃんと無関係の写真も見せたし、何より店主の証言と帳簿で確認したが、篠田は飛び込み客でありながら、円筒状に近い壺4つで合計80万の買い物をキャッシュでしたそうだ。そんな客は滅多にいないからよく憶えていたらしい」

と西田が付け加えると、

「なるほど! 80万をいきなり現れて払って行ったんですか。じゃあ間違いなく印象に残ってるはずです。課長の説はほぼ確実なものになったわけですか!」

と竹下も最後の疑念が晴れてすっきりしたようだった。

「しかも4つってのが重要だ。一体分の遺骨を埋められていた場所から墓標まで運ぶのに、おそらくある程度の大きさの壺でも4つぐらいは必要だと思う。普通火葬場では全部入れないからな、骨壷1つには。火葬場では残ったものは処分してしまう。でもこの場合はそういうわけにはいかないからね」

西田は胸を張った。

「そうなるとだな、西田。今回の推理は、まだ見つかってないとは言えほぼ完璧だな。それにしても8月10日か……。現場に確認に行った当日の道中には、既に隠す方法を思い付いていたんだな。相手は故人とは言え、いやらしい工作をしやがったわけだ……。さて、しかしそうなると、今度は『辺境の墓標』を直接暴かないといけないわけか……」

課長は先程までよりトーンを落とした。さすがに『墓』を掘り返すとなると、色々問題はある。

「課長、寺川さんには『自分の土地を調べる際には連絡はもういらない』とは言われてますが、今回は場所が場所だけに一応断りは入れた方がいいと思います。そして岡田住職と松野住職にも参加してもらえる時がいいと思いますよ。やはり墓ですからね。供養してもらった上でやらないと、こっちとしても落ち着かないですから。そして納骨当時の状況については岡田住職が詳しいですから話も聞きながら捜査できます」

「うむ、西田の言う通りにしよう。早速手配しなくてはな!」

課長はすぐに目の前の受話器に手をかけた。


※※※※※※※


「いやあ今回の課長の推理はお見事でした!」

竹下が課長が寺川に電話しているのを横目に握手を求めてきた。

「まあな。さっきも言ったが、今回の考えが浮かんだのは半分は吉村のおかげだ。ただ、まだ現実に佐田が見つかったわけじゃない。あくまで仮説がほぼ完璧だったというだけだからな」

西田は自分を戒めるように口を真一文字に結んだ。

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