明暗21
捜査会議では、新たな方針は出なかったが、さすがにこの日はこれ以上続けても無駄ということで、昼休み後は通常体制に戻ることになった。西田は後番で外で昼食を取り、午後2時に帰署して警務課の前を通ると、警務課の女性職員に声を掛けられた。
「西田主任に封書が来てます」
「お、どうも」
西田は封筒を受け取ると、差出人を見た。思った通り稚内の種村からだった。稚内と遠軽の郵便移動を考えると、電話した翌日には、すぐに送付してくれていたのだろう。刑事課へと移動しながら封を破り、写真と便箋を取り出した。写真はほとんど見なくなった「ポラロイド」タイプのものだった。それには、確かに三浦友和風の好青年的二枚目の人物が、ビールジョッキを片手に笑っている姿が写っていた。おそらく、ビヤガーデンのサービスか何かで撮られたものだろう。
「なるほど。当時はモテただろうな」
西田は写真を封筒に戻すと、今度は便箋に目を通した。
「写真は昭和52年ではありませんが、昭和53年に職場の懇親会でビヤガーデンに出かけた時のモノだと思いますので、違いはないと思いますから送付させていただきます。使用後は、封筒の差出住所宛に返送ください」
と記してあった。刑事課室に戻り、西田は便箋を封筒に入れ再び写真を取り出すと、課長に、
「飯から戻ってきてすぐで申し訳ないんですが、ちょっと弘恩寺の岡田住職に確認したいことがあるんで、出て来ていいですか?」
と許しを請うた(こうた)。
「先日の無縁仏事件の話の奴か?」
「それです。頼んでいた写真が今届いたんで」
「わかった。はよ行って来い」
課長はわかっていたことでもあり、目も合わすことなく淡々と事務的に許可を出した。西田は車のキーを壁掛けから取り、駐車場へ向かうと丁度竹下が車から降りて、キーをロックするところだった。
「どこ行ってたんだ?」
西田が玄関先から大声で話しかけると、ビクっとした後西田の方を向き、
「うちの係で本屋に頼んでいた、アメリカの法医学者が書いた遺体隠匿事例検証の専門書が届いたとさっき電話があったんで、課長に頼まれて今取ってきました」
「え? 課長も大場か黒須にでも頼みゃいいのにな。わざわざ主任のお前に頼むとは」
西田はそそくさと竹下の元へ歩み寄りながら喋った。
「いや、俺が課長に買うように頼んだんで」
竹下は苦笑いを浮かべた。
「はーん、なるほど。それならいいけどな」
「ところで係長はどこかへ?」
「ああ、今から弘恩寺に行くところだ」
「一昨日だったかの話の続きですか?」
「例の写真が届いたんで、面通しだよ」
「えーっと種村とか言う人の奴ですね。車なら近いし、ただの面通しなら大して時間掛からないでしょ。ついでに俺が送っていきますよ。多少遅れたところで課長も怒らないでしょ」
竹下はポケットにしまっていたキーを取り出してドアを開けた。
「俺も車出すつもりでキー持って来ちゃったからいいよ」
と断ったが、
「いやいや。正直言うと、今日はあんまりあの部屋に居たくないんですよ。なんか気分が沈んじゃって」
と言うので、西田も断り続ける意味もないと考えた。
「わかった。じゃあ送ってくれ」
「そうこなくっちゃ」
竹下は運転席に座るとエンジンを掛けた。西田もすぐに助手席に乗り込んだ。
特に話すこともなかったが、沈黙も嫌だったので、
「ところで、おまえの推理はほぼ当たっていると思うが、だとすればやはり、篠田が佐田の遺体を掘り出して確認したと言う理由が何だったのか気になるな」
と話しかけた。
「それなんですよ。シナリオ通りには来てると思うんですが、だとすれば、その部分が具体的に何だったのかという点は自分もずっと考えているんです。伊坂と篠田の電話での『信じられない』や『確認する』というフレーズ、その直後に佐田の遺体が掘り起こされただろう点から見て、殺したはずの佐田が、何かによって生きている可能性があると伊坂に錯覚させるようなことが起きたと考えているんですけどねえ……」
「殺した人間が生きていたと思うってのはよっぽどだな」
「だからこそ思い浮かばないんですよ。でもそういう何かが起きたとすれば筋が通るんです」
竹下は最後の言葉に力を込めた。具体的に何かわからないとしても、その部分には確信があるのだろう。西田もそれについては竹下の話に正当性があるとは思っていたが、敢えて異論をぶつけてみた。
「しかしだ、伊坂が篠田に確認させたのは、佐田が生きていると錯覚したからではなく、殺したことがバレた、言い換えれば遺体があるのがバレたと思って、遺体がちゃんと埋まっていたか確認させたのかもしれんぞ。『信じられない』という発言は、あの場所に埋めていたのにバレたとは信じられないということかもしれない」
「遺体の在処がバレて、佐田を殺したのがバレたとして、その場合に米田をわざわざ同じ場所に埋めますかね? 米田自身がそのバレた相手方って場合には、彼を口封じのために殺すことで筋は通りますが、彼の出身地や経歴、あの場所に居た理由である写真撮影を考えれば絶対ありえないですから」
確かに竹下の反論にも説得力があった。
そんな会話を交わしているとすぐに、弘恩寺が見えてきた。弘恩寺は遠軽でもっとも古い寺院ということもあって、中心部に近い場所にありながらかなりの敷地を誇っていた。これまた中心部にある遠軽署からは、車なら数分程度であっという間に到着する近さなのだ。広い駐車場に車を駐めると、用がない竹下も一緒に車を降り、門をくぐって境内に入った。晩夏を名残惜しむかの如く、木々からセミが時折鳴く声が聞こえたが、同時に赤とんぼも目の前を横切って飛んでおり、秋の訪れも感じさせた。それにしても、よく考えれば、住職が在寺しているかどうか事前に確認しておいた方が良かったかと後悔したが、今更言っても仕方ない。若い僧侶が箒で境内を掃いていたので、住職が居るか聞いてみた。
「はい、岡田住職なら墓地の方にいらっしゃると思います」
という回答を得たので、安堵して2人は墓地へと向かった。




