明暗14
業務連絡です。一部補足する必要があるので、「迷走23」での篠田宅を訪れた際に、篠田未亡人から篠田の写真と遺品から指紋を採取する話を追加。また明暗9で、無縁仏「乙」がアイヌ人である可能性について寺川に情報提供している場面を追加いたしました。
署に戻り、課長は槇田署長に捜査状況を説明したが、さすがに署長もこういう展開は予想しておらず、何度も、
「本当か?」
と念を押したようだった。槇田署長自身、今回の捜索で実際に何かがわかるとは思っていなかったらしい。しかし、捜査している刑事の側が半信半疑だったのだから当然のことだろう。
課長が戻ってから全員揃っての捜査会議が開かれた。早い段階で捜査が切り上げられたので、捜査会議は午後5時前には始めることが出来た。シャワーを浴びて着替えも済ませた西田達は、大した疲労もなく、それなりの成果もあったせいか、新たな展開の割にリラックスした雰囲気に包まれていた。
「今日の捜査において、かなり高い確率で竹下の主張していた筋書きが裏付けられたと思う。3年前の8月10日に篠田は佐田の遺体、おそらくそれは篠田達が遺棄したというだけではなく、殺害にも関与したのだと推測しているが、それを確認した。ところがその場面を米田が目撃。おそらくその場で米田を殺害し、佐田の遺体が埋まっていた場所に埋めた。佐田の遺体は最終的にどうしたかはわからないが、どこかに移動したのは間違いないだろう。問題は佐田の遺体がどうなったかということになってくる。そこを考えよう」
課長の第一声に、小村が口火を切った。
「課長、まず考えるべきことは篠田は出て行った湧別に再び戻ったということじゃないかと思いますね。湧別を出発したのが昼前、戻ってきたのが夕方6時過ぎ。そんなにルートから外れた場所に米田殺害後行っている余裕はないと考えます。どう考えても米田の遺体を放置したまま佐田の遺体の処理を先にしたということはありえませんから、湧別に戻る途中でしょうね」
「そうだな。あの穴を掘って、再び埋めるのに、まず篠田一人だったろうから最低でも2時間掛かったとしよう。勿論一人だったかどうか断言は出来ないが、流れとしては一人だった可能性が高いからな。そして往復で2時間半。となると他の場所で何かするだけの余裕は2時間はないということになる」
「それらが前提となると、ルートから大きく外れて他の場所に埋めたという可能性もかなり低くなるとしか思えないな、確かに」
西田も同調した。
「佐田の遺体と米田の遺体の隠蔽の優先順位についてさっきも言いましたが、それだけではなく、篠田の心理的な部分も影響したかもしれません。自分の説が正しいとすれば、殺したはずの相手が生きているかもしれないと言われたら、そりゃショックですよ。まあそれが正しいとして、どうして生きているかもしれないと伊坂が思ったかは想像すら出来ませんがね……。ただ、そうなると、遺体を確認した時点でホッとしたと同時に、もっと確実に隠しておきたいという意識が働くことは想像に難くない。それこそさっき現場で黒須が言っていた薬物などによる完全消去が考えられますけど。当然それも時間が掛からないわけじゃないですから。設備や薬物の準備も必要です。それを当日の突然のことでは対応するのは厳しいはず」
竹下は更に突っ込んで問題点を指摘した。
「今、竹下が言ったことは正しいと思う。篠田は当日になってから急に佐田の遺体を確認する羽目になったこと。事前の準備は全く出来ていなかったってことだ。その状況下において、佐田の遺体がより見つからない方法を思い付くってのは、かなり厳しいことだ。だが、おそらく篠田はそれをしたってのが重要なポイントになる。そして遺体の状態を考えればほとんど白骨化していただろうから、骨がバラバラになりやすい以上、移動は意外と大変だと思う」
「いや課長、そもそも殺害した当日に佐田の遺体を処理したという前提がまず間違いっているのではないですかね? 翌日と翌々日も篠田は湧別の工事現場に行っていますが、ある程度の時間で切り上げています。その時に、再び佐田の遺体を掘り返してどうにかした可能性は十分にあると思いますよ。それにその方が、緊急的に米田を殺した直後に佐田の遺体の処理を思いついたというより無理がない。まあ、米田を殺す前から佐田の遺体を別の方法で処理することを考えていたなら話は別ですが。とにかく、そう考えると、篠田の行動範囲も必然的に広くなります」
黒須の新たな提起は、時間の余裕という点を考えれば、確かに十分な解決要素になっているように西田には思えた。
「そうか……。言われてみれば当日にこだわる必要はないんだな。その2日の間に何か思い付いてアクションを起こしていたというのも合理的な説だ。遺体は取り敢えず米田の上に置いておいて、後から動かすと。極端なことを言えば、遺体を移動するのは、8月12日以降であっても別に構わないことになる。ただその場合であったとしても、あの場所に隠す以上の何かを思い付く必要性があることに変わりはないんだ。そして遺体の移動自体にも、それにより発覚するというデメリットがあることも確かだ」
問題点は指摘したものの、課長は概ね黒須の推理を褒めた。
「一気に移動させる必要もなかったんじゃないですか? それこそ遺体を数日に分けて移動したかもしれない。そうなると、骨がバラバラになりやすいという点をカバーできますよ?」
大場の説も説得力があった。
「それがありえるなら、それこそ移動したのが同じ場所という前提も余り盲信しない方がいいかもしれない。それぞれ別の場所に分割するやり方もあり得るんじゃないかと?」
吉村も続けた。
「色々考えれば考える程、想定しておく事項が増えるな」
課長は顔をしかめながら吐き捨てた。
「ところでさっきの薬物のことだけど、確かにリスクはあるんだが、遺体を完全に消去出来るメリットも実際大きいのは否定できない。黒須の説を前提にすると、他の人間に手伝ってもらうことも、米田殺害当日よりは出来るし、埋め直すよりはやる意味もあるだろう」
西田は敢えて、現場で一度自分で否定した薬物説を再びピックアップした。




