明暗13
竹下は頭を下げたまま目を閉じ沈黙を守っていたが、不意に顔を上げると話を切り出した。
「佐田と米田、どっちの遺体が見つかったら困りますかね?」
突然の脈絡のない質問に課長は、
「あ?」
とあからさまに意味がわからないという意思表示をしたが、竹下は気にしなかった。
「どっちが篠田にとってヤバイ遺体ですかね?」
課長は竹下が無駄口を叩くことはないだろうという考えなのか、先程の口調を改め、
「そりゃ佐田だな」
と返した。
「そうですよね。私もそう考えます」
「俺にはさっぱり理由がわからないんですが……」
と大場が申し訳無さそうに言った。
「説明してやるとだな、篠田達との関係が浮かび上がるかだな」
西田がヒントを与えた。
「篠田と佐田も篠田と米田も直接的な関係性はないと思いますが……」
「ああ、言い方が悪かったか……。ええっとな、佐田の遺体が見つかった場合、警察はどう動く?」
「なるほど ! 今わかりました、すいません」
大場はすぐに合点が行ったのか申し訳無さそうな顔をした。佐田が見つかった場合、当然警察がマークしていた伊坂との関係が問題になってくる。米田とは篠田含め一切接点がないのだから、米田の遺体が見つかったところで捜査の手が伸びてくる可能性は格段に低い、いやほぼゼロということになる。
「そういうことだから、篠田はこの場所よりはるかに安全な場所に埋めたか隠したか、或いは消去する方法を見つけ出したということになるんじゃないですかね? ここも5年という期間安全だったんですから。だからこそ米田はここで大丈夫と埋めたんじゃないですか? そして佐田の遺体はここより相当自信が持てる場所に移動、或いは方法で隠蔽したんでしょう」
竹下は、ただ聞いている分には自説に確信が持てないかのような言い方をしていたが、西田には実際にはかなり確信を持っているように聞こえた。
「そうなると、さっき2人で話していた、他の白樺の根本とかそんな次元じゃないな。そんなんじゃこれと違いがない」
課長はきっぱりと断言した。
「でも意外と思い浮かばないな、ここより安全な隠し場所は。主任じゃないですが、隠し場所の移動ではなく、消し去ったのかもしれない。例えば硫酸とか」
黒須は消去説に言及した。
「だけどこの場で硫酸はありえないだろ? 結局遺体はどこかに動かさないといけない。硫酸自体すぐ用意できるもんでもないし」
西田は反論した。
「しかしそうなると、遺体を別のどこかに隠すために動かすのも1つのリスクじゃないですかね? ここに置いておく方が結局安心じゃないですか?」
大場の言っていることは根本的な問題だった。これには西田も黒須も明確な反論を持ち得なかった。
「やっぱり消去説は無理があるかなあ」
竹下も多少弱気の虫が出て来たようだった。
「なかなか難しいな……。ここでああだこうだ言っても仕方ない。時間が無駄に過ぎていくだけだ。どうだ? 思い切って今日はこのまま引き上げて、次の方法を署で考えた方がいいんじゃないか? この場でいい考えが浮かぶとは思えないぞ」
沢井課長の発言はもっともだった。確かに松野住職と寺川、横山、内田を待たせたままというわけにもいかず、かと言ってこれから何かやるにせよ手探りでは効率が悪い。
「課長、そうしましょうか? 事前には何もわからなくても色々やるべきだと考えてましたが、まさか米田の遺体のあった場所に、佐田がそれ以前埋まっていたなんて展開は全く考えていませんでしたからね。自分も一度頭冷やして色々考えた方がいいと思います。今日はここで止めましょう」
西田は課長に賛同した。
「西田もそう言ってることだし、今日はここで一旦切り上げて署に戻ろう。住職と寺川さん、横山さん、内田さんも帰宅してもらって」
一同は部外者4人の元に戻ると課長が事情を説明した。早く帰宅できることは彼らにとっては当然悪いことではなく、すぐに了承してくれた。課長と西田は警察を代表して4人に厚く感謝の言葉を述べた。時効案件とは言え昭和52年の事件も一部謎が解け、佐田の失踪にも大きな進展があったのは、彼らなくしてありえなかった。
「駐車場」から先に4人と丸山が生田原に戻るのを見送ると、ほどなく強行犯係も遠軽への帰途に着いた。




