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明暗7

「一平ちゃんと俺の縁はそれじゃ切れないよ。ただ息子たちにとっては子供の頃にたまに帰省した程度の場所。そこに山林持っていても仕方ないというか、場合によっては費用すら掛かる。それを考えるとね」

「うーん、生田原も人が減って寂れる一方で、地元の人間としちゃ辛いね。俺の息子と娘も札幌と函館だし、入植したご先祖に申し訳が立たないべ」

横山は寂しそうだった。

「林業含め、金や銅なんかも採れたし、戦前はこの町がこうなるとは思わなかったな……」

寺川の何気ない一言に、

「そう言えば、生田原にも鴻之舞みたいに大きな金鉱があったという話を以前聞いたことがあります」

と西田は反応した。

「北ノ王鉱山のことかな? 当時は子供だからよくわからなかったが、日本でも史上有数の金鉱山だったみたいですな。ちょっとしたゴールドラッシュみたいなことがあったんですよ。実際当時の生田原は。今では想像もつかない活況を呈していて、それは私の記憶にも鮮明に残ってますよ。ただ、戦中には廃鉱になってしまったから、まさに一時のバブルでした」

「だけど『北の王』なんて、あんまりいいセンスの名前じゃないですね」

西田は率直な感想を述べた。

「大きい鉱山にしたいという願望からじゃないかな? 産業界の北の王者が由来だと言う話もあるけど。 確かに子供じみた名前かもしれない」

寺川は大人の言動だった。すると、

「でも大ちゃんのこの山でも、ちょっと金が出たんだよな?」

と横山が話題を替えた。

「今でもちゃんと探せば出るんじゃないかな。労力に見合わないが」

苦笑いでそれに応じた寺川。

「ここでも金が出たんですか?」

驚きの声をあげた西田に、

「そう。ここから更に遠軽方向にちょっと向かうと沢があるんだけれど、そこの沢に砂金が出ましてね。勿論、商業ベースになるほどの産出量ではなく、当時は豊富な木材の方が価値がありましたから、うちでどうこうという話にはならなかったんでしょう。それから雑貨屋の方も当時は人が多かったんで儲かったらしいから」

と平然と言った。

「逆に言えば木材にそれだけ価値が合ったと?」

「そうです。木材はこれだけの量があったから。そりゃ金のような単価じゃないけど。ただ、その砂金を目当てに住み着いて、砂金掘りしてた山師みたいな人がいたのも事実ですよ」

「え、寺川さんところでは金は採ってなかったけれど、その金を採っていた人はいたということですか?」

「ええ。ひろい山林ですから、管理するのにも結構手間が掛かって……。たまに木材泥棒なんかも出ますし。それで、山林の管理を任せる代わりに、手間賃として沢で砂金掘りをすることを認めるという形ですね。ただ管理人としての賃金よりははるかに割にはあったはずです。流れ者みたいな若者が数人常に作業を手伝ってましたんで。幾ら安い賃金と言っても、数人雇えるってことはそれなりに儲からないと無理でしょ? 勿論タコ部屋労働みたいな感じではなかったし。沢の近くに掘っ立て小屋みたいのを建てて、そこに住み着きながらの作業でね。私なんかもたまに山に遊びに来た時に遊んでもらったりしたけど、みんな元気そうでしたから、ちゃんとモノも食べさせてもらってたはずですよ。それに老人一人が若者数人を無理やり働かせるなんて土台無理でしょ?」

「それにしても寺川さんところは太っ腹だなあ。私だったら自分で人雇ってでも金を掘りますわ」

西田の金銭感覚では到底わからない理由だった。

「そこは祖父がどう考えていたかは、今となっては私にもわかりません。あくまで私なりの推測ですが、タコ部屋労働なんかに結果的に加担した負い目が、少量の金なら欲張らない方がいいとでも思ったのかもしれないですね。本格的な金脈でもあったなら、そうは言ってられなかったとは思いますがね。さすがにそこまで善人だったとは、身内の私ですら言えない」

「いや、大ちゃんの思い込みとは言えないべや。北の王鉱山に関与した人足派遣業の社長が、昔、常紋のタコ部屋労働に関わっていたんで、たたりを恐れて供養したなんて話を俺も聞いたことがある。そういう心境ってのはあるんじゃないべか?(これについては、実際にそういう逸話が存在。参照http://www.h2.dion.ne.jp/~cha2/essay/kaitaku/1.htm http://www.h2.dion.ne.jp/~cha2/essay/kaitaku/3.htm に出てくる川※さんの逸話)」

横山も寺川の説を「援護」した。

「そういうもんですかねえ……」

人生の先輩2人が唱える説は、彼らよりは若く、ある意味ギラギラした欲望も抱える西田には心底納得出来るものでもなかったが、反論する意味も特に見いだせず、そのまま流すことにした。


「ところで、戦中に廃鉱になったと言ってましたけど、掘り尽くしたんですか?」

「詳しくは知らないが、ピーク時より減っていたことは確からしい。ただ、直接の閉山原因は、1943年の『金鉱山整備令』という法律らしいですよ。戦時中になって金よりも石炭や他の鉱物資源が必要になって、金鉱山の設備や人員をそちらに注入する必要が出来たとか(金鉱山整備令 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%89%B1%E5%B1%B1%E6%95%B4%E5%82%99%E4%BB%A4)」


 西田の質問に、さすがインテリという博識ぶりを見せて答えた寺川だったが、金よりも石炭が重要とは、今となっては考えられない価値観が戦時中は平然とまかり通っていたことに西田は驚いた。同時に当時の一般物資供給が如何に逼迫していたかを痛感させられた。

「寺川さんの山で金を採っていた人達はそういうことになった後も金を採れたんですか?」

「いや、それがねえ……」

西田の質問に寺川はちょっと詰まった。


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