明暗6
先に目当ての白樺を倒すのに周辺の邪魔な細い木を切った後、1本目に横山のチェンソーの歯が入った。太い白樺と言っても、白樺自体がそれほどの巨木にはならないので、すぐにギリギリのラインまで「くの字」型の切り口が出来上がった。そこに補助の内田が楔を打ち込む。するとミシミシと木から音がし始め、ついには軽い地響きと共に完全に倒れた。すぐに鑑識の松沢主任を先頭にして、木の年輪をチェックするため切り株に駆け寄った。
「特に何か年輪に変化は見られないな。ただ単に年数が経ってるだけだ……。ここに佐田が埋まっていたことはない。勿論今埋まっていることもありえない」
松沢は年輪の状況を一目見て確認すると、残念そうに言った。「下っ端」の三浦がそれを見ながら、「勉強」も兼ねてノートにメモしていた。
そして2本目も同様の作業工程を経て、切り株の年輪をチェックしてみるも、状況は同じだった。3本目、4本目と横山と内田のコンビが木を切り倒し、それを松沢がチェックするという流れが出来上がっていた。ただ、木の年輪に相変わらず「異常」は見つからず、徐々に刑事達にも年輪から何かを見出すのは無理なのではないかという考えが頭をよぎり始めていた。
そもそもが竹下の、良く言えば「大胆な」、悪く言えば「荒唐無稽な」推理から派生した「可能性の追求」なだけに、「そうは上手く行かないだろう」という予感、いや悲観も、内心は捜査陣にあったことは確かだろう。
伐採し始めてから1時間程度で、最後の6本目の太い白樺が倒れた。松沢はゆっくりと切り株に近寄ると、何も言わずに顔の前でバツを両手で作った。課長はそれを見て思わず、
「ダメか。しゃあないな。となると、手当たり次第に別のところを掘るとかしないといかんのか……。こういうことになるんじゃないかとは覚悟していたが、いざそうなると、絶望的だな」
と如何にも悲壮感あふれる言い方をした。
「さて、これからどうしようか? 竹下、何か考えは?」
西田も半分途方に暮れていた。現場を洗いなおすという方針こそ決まっていたが、実際問題、洗い直しの方法については、北川が掘った後をまずチェックしてみるということしか考えていなかったというか、それ以外については余り考えたくないという意識が根底にあった。そのせいか「前提」を崩れた後のプランは無いに等しかったのだ。
「こうなったら、太くは見えない白樺の根本についても調べていくしかないですか、まずは……」
竹下はそうは言ってみたものの、それほど太くない白樺はかなりの本数あるので、かなり時間と労力が掛かる捜索になるのは自明だった。予想が外れたこともあり、がっくりした様子を隠さなかった。すると沢井課長は、
「ああ、もういいや。横山さんと内田さんもずっと作業しっぱなしだったし、取り敢えず休んでもらうことにしよう。その間に俺たちもこれからについて考えようか」
と半ばやけくそ気味に一息入れることを決めた。
松野住職は慰霊碑での読経を終え、既に捜査陣の元へ戻ってきていたが、その発言を聞くと、
「じゃあ申し訳ないですが、休んでいる間に、米田という青年が埋められていたところを見せてもらえますかね? 読経をあげさせてもらいますので」
と西田と沢井に尋ねてきた。
「そうでしたね。折角来ていただいたわけですから。すぐ近くですよ」
と西田は言うと松野を案内しようとした。すると、寺川も、
「そうだ、一平ちゃん! 後でその遺体が埋まっていた木を切ってもらおうかな。やはりそういう木があったままだと、何となく気分が悪いから。住職さんが読経をあげてから切ってくれ」
と休んでいた横山に言った。
「おう、休んだら切ってやるよ、大ちゃん」
横山は快諾した。確かに死体から養分を吸い取って成長した木というのは、存在していること自体、余り気分がいいものではないだろう。西田もその感覚は理解できた。
米田が埋まっていた場所の白樺の周りで読経をあげている横で、西田も手を合わせしばし黙祷したが、ずっと松野の読経に付き合うこともなく、仲間がいる方に戻った。
課長と竹下はこれからについて、少し離れたところでまだ決めかねているような感じの話をしていた。西田もそれに加わるべきかとも考えたが、この件については自分より竹下の考えの方を優先すべきだろうと思い、敢えてその場で寺川と世間話でもして時間を潰すことにした。
「しかし、すごい広さの山林を所有してらっしゃるんですね」
「面積的にはそういうことになるのかなあ。土地自体はこういう場所だから大した額じゃないが、国産木材需要があった頃には、木自体がかなりの資産だったんですよ。残念ながら今となっちゃ、その木材としての価値がガタ落ちだから、二束三文ですがねえ。私自体が継いでないのに文句を言う資格もないが、息子たちもこんな山を相続したところで、困るだけでしょう。こっちにある実家も既に解体したし、死ぬ前に色々処分してしまった方がいいのかなあ……」
寺川は住職が読経をあげているのを見ながら発言したが、西田には、視線がそれよりはるか遠くに向かっているように、何故か思えた。
「全部売っちゃうのかい? そりゃいくらなんでも寂しいべ」
横山が話に割って入った。幼なじみという横山にとって見れば、普段から離れているだけでなく、ある意味完全に生田原と縁が切れることになる寺川の財産処分には、率直に言って賛同できない部分があったのだろう。




