迷走74
「はい西田です」
多少不機嫌になり、ぶっきらぼうに電話に出た。
「もしもし、竹下ですが」
電話がまさに竹下からだったことに、若干戸惑う。
「おう、何か用か?」
「札幌からついさっき戻ってきまして、今自宅からなんですが……。課長か係長にすぐにでもちょっと話したいことがあったんで、署に電話したら、夜勤の吉村が『課長も係長もさっきまで居たが、既に帰宅した』とのことだったんで……。課長は明日の勤務時間でもいいかと思ったんですが、係長は明日休みですから」
竹下は今日の休みを利用して札幌まで行っていたらしい。さっき戻ってきたということは、おそらく特急オホーツク7号で午後9時前に遠軽に着いたのだろうと西田は思った。西田も札幌から戻ってくる時に2回使ったことがあった。竹下はまだ独身なので、遠軽駅近い場所にあるマンションの一室を借りていたから、降りてすぐに自宅に戻れたはずだ。西田は明日の休み返上のことについては、何となく喋らなかった。
「札幌行ってたのか? 買い物でもあったか?」
「いえ、本当なら今日は一日ゆっくりするはずだったんですが、朝思い立ちまして」
「そうか……。で、札幌から戻ってきて、すぐにでも話したいことってのは?」
「どうせなら、これからそちらに直接伺っても構いませんか?」
「別に俺は構わないが、今日中に始末したい話なのか?」
「はい。出来ればその方がいいと思います」
かなりはっきりとそう言ったので、軽い話題ではないと感じた。おそらくそれなりに重要な案件だろう。今朝の記事のこともあり、会う際には西田はそれなりに腹を決める必要があると考えた。本来なら明日確認する予定だった道報の件を、今日の時点で確認出来るということは悪いことではないが、「直感」が当たっているとすれば、決して前倒ししたい気分でもなかった。ただ、そんなことを悠長に言っていられるわけもなく、竹下の訪問をすんなり受け入れることにした。
「わかった。丁度俺も竹下と話したいことがあったし、待ってるぞ」
「すぐ行きますんで。車出すほど遠くもないですから、歩きで15分ぐらいで着くと思います。じゃあまた後で」
会話が終わった後、西田はようやく着替えをすることにした。竹下の訪問がなければ、風呂に入るまで背広のままだったかもしれない。5分も掛からず着替え終わると、テーブルに竹下の分の缶ビールとつまみのピーナッツを置き、「決戦」の時を待った。
竹下は予定より5分ほど遅れて到着した。格好はネクタイこそしていなかったが、ジャケットにスラックスという出で立ちだった。おそらく札幌から戻ってきたままの姿だったのだろうが、明らかに「遊興」に出かけたというノリではなかった。また、右手にはカバン、左手には缶ビールとつまみが入ったコンビニのビニール袋を下げていたので、おそらく買い物に寄っていた分遅くなったのだろう。
「係長の飲んでるビール、これで良かったですよね?」
「ああ、それだ。スマンな」
こういうところも抜かりがないのが竹下だ。西田は席に座るように促し、2人はテーブルを挟んで向かい合った。
「さすがに夏休みなんで、指定席が今日取れるわけもなく、自由席は行きも帰りも混んでました。特に行きは札幌まで立ち通しで、疲労困憊ですよ。幸い帰りは座れましたけど」
缶ビールを開けながら、竹下は愚痴を言った。
「まあこの時期だから仕方ないな。しかも朝から札幌行きとなると、始発の網走や北見で一杯一杯だろ」
西田も話に合わせるが、いつ「告白」を切り出してくるかと内心身構えていた。だが、竹下は、自分が買ってきたつまみの「鮭トバ」にかじりつき、缶ビールをグイグイ飲みながら、西田にもそれを勧めるばかりで、肝心の「話したいこと」に言及する様子がなかなか見えなかった。業を煮やし、自分から話題を振った。
「で、話ってのは何なんだ?」
缶を傾けていた腕が下がり、竹下は静かにそれを置くと、いきなり胸ポケットから一枚の名刺とカバンから今朝の道報を取り出してそれぞれを西田の前に置いた。




