迷走73
めまぐるしい一日を終え、西田は自分のアパートに午後9時過ぎに戻った。自室の座椅子に背広のまま腰掛けると、そのままへたり込んでしまった。
あの北村の「告白」の後も、今度は全国紙からの電話取材などの対応も重なって、完全に一息付けるということはなかったこともあり、疲れが溜まっていたのが今になってドッと出たのだ。
午後6時過ぎには、北見方面本部による記者会見が行われ、ローカルニュースでは生中継する程の扱いになった。西田達もそれをテレビで見ていた。
連続女性殺人とも重なり、かなり怒号の飛び交う記者会見となったが、道警本部の刑事部長・遠山と園山北見方面本部長、光澤道警本部広報官、今回の捜査本部長である北見方面本部刑事部長・大友の4人が質疑応答をしていた。各自とも緊張感が、テレビを見ていた遠軽メンバーから見ても感じ取られ、額を伝う汗はおそらく暑さが理由ではなく、精神的なものが理由だろうと西田は思っていた。
件の幹部達は、別件逮捕扱いされた事例が通常でも逮捕事案であり、またその後の捜査の必要性を主張した。しかし飲酒人身事故のまま、殺人事件についての取調べをしていたことや、被疑者である北川の体調について、違法とまでは言えないにせよ、注意を払っていなかったこと、聴取の際に圧力を掛けるような言動や行動があったことを指摘されると、余り上手く対処出来ているというようには、身内である西田の目からも見えなかったのは、テレビ的には一般人に対して余り良い印象を与えなかったかもしれない。そもそもが、それらの点については、事実であり言い訳のしようがないという方が正確だった。
西田はなんとか立ち上がる気力を回復すると、冷蔵庫を開け、缶ビールを手にとった。本来であれば、このまま網走発の夜行特急オホーツクで札幌に戻るつもりだったが、それもおじゃんとなっていた。仕事中に課長に休み返上で明日出ることを告げると、目を丸くして驚くと共に、「意図」の叱責じみた再確認をされたが、当然西田の結論が変わることはなかった。詳細な理由を課長に言うわけにもいかなかったので、北見方面本部に預けたツルハシの報告を受ける関係と新聞の件でのゴタゴタの処理への対応の必要性を出して誤魔化したが、課長はいまいち納得できていない様子だった。しばらくぶりの札幌の自宅への帰宅の選択肢を事前に話していただけに、それを止めるほどの理由には聞こえなかったのだろうし、課長としても、そんなことよりは西田の家族関係を重視すべきと考えてくれたのだろう。西田自身も上手い言い訳だとは思っていなかった。
ただ、こう疲れきった状態で戻ったところで、まともに家族サービスする余力は実際ないだろう。結果として、事前に家族に連絡していなかったこと含め、「期待」を裏切らなくて済むこととなったのが、不幸中の幸いだったと西田は思い込むことにして、缶ビールを開けた。
背広のまま缶ビール片手にテレビのドラマをじっと見ていた西田が、3本目のビールを取りに冷蔵庫の前に立った時、突然電話が音を立てた。ドラマのセリフを耳をそばだてて聞いていた西田にとって、それは青天の霹靂であり、且つ不快な音色に聞こえた。




