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迷走71

「はい、西田ですが」

「西田ですがじゃないだろ! お前達は自分のしたことがわかってんのか!」

受話器一杯に怒号が響き、思わず耳を離した。

「今朝の道報の件ですか?」

西田はそれでも冷静を装った。

「そうだ。飲酒運転で警察に逮捕されて、その後警察で倒れたことは、娘から聞いて知ってたが、殺人の疑いで捜査してたそうじゃないか! しかもあいつはアリバイがあったと書いてあったぞ。無実の人間を取調べた挙句に意識不明にするとは、警察は何考えてんだ?」


 松田弁護士は事情を知っていたはずだが、細かいことを家族には言っていなかったのか、はたまた家族が田中に詳細を言わなかったのか。いずれにしても、田中は今日まで詳しく知らなかったことは間違いないとこの時西田は思った。


「田中さん、報道された通り、確かに北川の殺人の嫌疑については晴れたかもしれませんが、重要参考人であることには今も当時も変わりありません。飲酒運転の容疑のまま取調べていたことは事実ですが、彼には取調べを受けて当然の証拠があったんです。しかも、殺人事件とは別の、ある人物の死亡事故の際に、その亡くなった人から携帯していたモノを盗るということもしています。我々の捜査手法に問題がなかったとは言いませんが、それとこれとは別問題です!」

西田は自然と熱弁になっていた。

「じゃあなんでこんな風な記事になってるんだ! おかしいべや? あんたらは俺も疑ったり、信じられん!」

「確かにあなたを疑ったこともありましたが、きちんとした証拠があれば、我々がそれ以上の追及をしなかったこともわかってるでしょう? 今回は北川に殺人について何か知っているという確証があったからこそ、釈放せずに聴取していたんです」

田中は納得がいかないのか、

「あいつが関与していたというのはどういうことだ?」

と問い詰めようとした。

「殺された被害者が埋められた場所について、ある程度知らないと出来ない行動を取っているんですよ、彼は。殺人をしていないとしても、殺人があったことについての認識があった、そういうことです」

西田も多少落ち着きを取り戻し、抑制した口調で説明した。

「うーん、それじゃわからん……」

田中は唸った。

「田中さん、おそらく警察は今回の件について、釈明の記者会見することになると思います。テレビのニュースでもやると思います。それを見てください。私に今言えることはそれだけです。もしかしたら、私の口からもっと詳しく語る時が来るかもしれませんが、現状、捜査中の事件ですし、今はこれ以上は言えません」

きっぱりと言い切った西田に、田中は尚食い下がった。

「それにしても、意識不明になるまで取り調べるなんて、許されるわけがないだろ」

トーンは落としていたが、当然ながら怒りはまだ収まっていないようだった。

「お気持ちはわかります。ただ、私が取調べていた時のことではないですし、少なくとも私はおかしな取調べはしてません、それだけは言えます」

西田は自分の正当性を主張した。勿論自分は悪くないという、言い逃れの気持ちがなかったとは言わないが、少なくとも自分は刑事としておかしなことはしていないという、どちらかと言えば挟持の問題から出た発言だった。田中はしばらく黙り込んだが、

「あんたに何を言われても、正直今納得は出来ん。ただ、あんたに色々聞かれた時のことを思い出しても、それほど酷いもんじゃなかったのもわかってる。警察を信じるつもりはないが、あんたがそこまで言うなら、警察がどういう対応をとってくるか、様子を見させてもらう」

と言うと、そのまま何も言わずにガチャっと電話を切った。


 案外短い時間だったとは言え、緊張感から解放された西田は深くため息を付くと電話を切ったが、しばらく受話器から手を離すことはなかった。

「おい、大丈夫か? 激しく責め立てられたか?」

課長に言われてようやく受話器から手を離した。

「いや、別にそれほどでも。今は案外さっさと引き下がってくれましたよ……。納得したからというより、これからの警察の対応を見て態度を決めるという、あくまで『保留』を宣言しただけですが」

思い返せば、田中の剣幕は想像していたよりは全く大したことではなかったとも思ったが、田中にどやしつけられたことそのものよりも、捜査のやり方次第で想像もしない影響を周囲に及ぼすという、ある意味当たり前のことに改めて気付かされ、その重みを今強く実感していたというのが正確なところだ。

「そうか、それならいいが……。そりゃ相手も簡単には納得はできないだろうな、今回の件は」

「でしょうねえ……。ただこうなると、尚更このヤマは意地でも解決しないといけないですわ」

「ああ勿論だ」

西田の一言に課長は簡潔に返した。そして、

「倉野さんたちも、これからしばらくは今の俺より何段も高いプレッシャー掛かるんでしょうから気の毒ですよ」

と西田は北見方面本部の幹部の心境を思いやった。

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