迷走62
昨日あげました迷走61の寺川の「日程」、一部改定させていただきました。
受付の傍にある長椅子に座っている奥田を2人が見つけるまでに、そうは時間は掛からなかった。先に西田が近づきながら声を掛けた。
「奥田さん、先日はどうもありがとうございました。それにしても何かありましたか? 訓子府からここまでわざわざ来るなんて?」
「いやいや、そっちこそ忙しかったんじゃないべか?」
奥田は年の割にしっかりとした足腰と見え、西田達に気付くなり、スクっと椅子から立ち上がるとそう言った。
「ここ数日はたまたまかなり暇でして、それは構わないんですが……」
「そうかい。それなら良かった。本当は来るつもりはなかったんだけどね」
7月の29日に訪問して以来、せいぜい10日ぶり程度会わなかっただけだが、ちょっと懐かしさすら感じたのは、篠田の存在が明らかになって、瞬間的に忙殺されていたからかもしれない。
「いやな、今日はたまたま、朝からカミさんと白滝(1995年当時、旧白滝村。現・遠軽町白滝地区)の親戚を車で訪ねていって、その帰りなんだよ。例の件でちょっと気になったことがあったんで、迷惑かとも思ったが、帰りに遠軽通るからついでに直接寄らせてもらったんだ」
「事件の話で気になったことがあったんですか?」
西田は、他の人物なら大して期待しなかったが、奥田には今回の事件では2度も大変世話になっていることもあって、真顔になった。
「ああ、そうだ。前回ウチに来た時、北村さんだったっけ? あんたが、『当時の遺骨採集の時に気になったことはなかったか?』みたいなことを俺に聞いたべや?」
突然話を振られた北村は、一瞬キョトンとした表情になったが、すぐに、
「言われてみれば、そういうことを確認させてもらいましたね」
と答えた。
「で、そん時は全く思い出せなかったんだが、その親戚からの帰りに、国鉄時代同僚で部下だった奴が丸瀬布(1995年当時、旧丸瀬布町。現・遠軽町丸瀬布地区)に今は住んでいて、それこそ道すがら寄っていったんだ。事前に行くとは言っておいたし」
西田は、奥田の話が長くなりそうだと思ったので、
「ここじゃなんですから、刑事課にソファがあるんで、そちらで座りながら話しましょう。お茶ぐらい出させてもらいますから。ところで、一緒に居た奥さんは?」
と尋ねた。
「カミさんなら、駅前の喫茶店に置いてきたよ。関係ない話に付き合わせると後からグダグダ言われるから。この話が終わったら迎えに行く。そうだ、ここの駐車場に車駐めたんだが、『切符』切られたりしないよな?」
「刑事課は知りませんけど、交通課は金の亡者だから保障は出来ませんね」
北村が真顔でふざけた。、
「まいったなそれは。ここはパトカーも罰金取られてるのか」
奥田もそれに付き合ってくれた。しかし、西田はその流れをあっさり断ち切り、
「さあ、上へ案内しますよ」
と言うと、率先して刑事課室へ向かった。
ソファに腰を据えた奥田に、黒須がお茶と簡素な茶菓子を出すと、お茶を一すすりしただけで、話を再開する。
「話の続きだが、丸瀬布の同僚に会いに行ったところまで話したべ? それで、俺の記憶もはっきりしていなかったから、そいつに話を聞いたんだ。本当なら(田中)清辺りにも聞いておくべきだったかもしれんが、刑事さん達との約束で、北川の件は黙っておくことにしてたから、何か口が滑るとマズイから避けてて、そっちは聞いてないんだけども……」
奥田はまだ北川が捕まった上に、意識不明になったことも知らないらしい。田中が話してないか、話す機会がなかったのだろう。そしてしっかり自分たちに義理立てしてくれた奥田に西田は内心で感謝した。
「丸瀬布のそいつの名前は浅田ってんだが、ああ、刑事さん達がコピーして持ってる奴にも載ってて、前回俺が近況を教えたが、その浅田と『当時何かなかったか』、思い出話ついでに話し合ってたんだ」
「ちょっと待ってくださいよ。あのコピー持ってきますから」
西田はそう言うと、自分の机の引き出しからコピーを取り出して、ソファの前の机に広げた。
「こいつこいつ」
奥田はそう言いながら、リストにある浅田の名前の部分を指した。確かに田中と奥田、そして北川と篠田も居た作業班に所属していたようだ。
「その浅田が思い出してくれたんだけど、(昭和)52年の丁度7月ぐらいだったかな、遺骨採集初めて1ヶ月ぐらい経った頃、ちょっとした事件があったんだよ」
「事件?」
「西田さん、そう事件だ。遠軽署にも来てもらったんだ。いや、正確に言うなら、来てもらったらしい。丁度その時、俺は保線作業中にハンマー落として、足に軽い怪我してね。仕事こそ休んでは居なかったが、参加は任意のもんだから、採集に加わってなかった時だった。だからその話は当時後から聞いただけだったんだ。それで強くは印象に残ってなかったんだべなあ。すっかり忘れてた。まあ、あの場で急に答えられたかどうかは、また別の話だけども……」
「早く、その事件の中身を教えて下さいよ」
「まあまあ、北村さんよ、爺さんをそう急き立てないでくれや」
奥田はそう言って茶菓子を食べ、茶ですすり込むと、話を再開した。それを見ていた西田と北村は、もはや聴取対象者というより、ただの知人と話しているかのように思えていた。




