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迷走51


 そんな二人の様子を見ていた近藤も、影響されたかのように再びキャップを開けてお茶を飲み始めた。今回はかなりの量を飲んでいるようで、ボトルの薄い緑色のラインがドンドン下がっていく。既にその場での「必要量」を取り終えた西田が、今度は逆に近藤の飲みっぷりを窺っていたが、近藤はそれに気付いたか突然ボトルから口を離すと、またキャップをキュッキュと締めてテーブルに置いた。

「ツルハシのことですけど、今お茶飲んでたら、ちょっと気になることを思い出しましたよ」

「どんなことでもいいのでお願いしますよ」

「あの時増田さんがジープの後ろのドアを開けて、色々工具が積んであるのを専務に見せて確認させてたんです。自信はないですが、かなり色々あった記憶があるんで、もしかしたらその中にツルハシもあったんじゃないかと思います。ただ、自分で言うのもなんですが、自信はないんですがね」

近藤は念を押すように西田に自信の無さを繰り返したが、そういう可能性が残っただけでも、十分期待させる内容だった。

「いや、そりゃ仕方ないですよ。3年前の話ですし、いちいち意識して見てたわけじゃない。その件も含めて、近いうちにその増田さん? にも確認しないと」

「実はね、その増田さんなら、まさに今こっちの現場にも参加してもらってますよ。うちの橋関係の仕事ではいつも世話になってますから。残念ながら、廃車にしてしまったらしく、今は当時の車じゃないですけど」

「ほ、本当ですか! それを先に言ってくださいよ! さっき話に出てきた増田さんにも話は聴かないといけないとは考えてましたが、まさかこの場にいるとは。 実に都合がいい! 勿論この後で話聞かせてもらえますよね?」

思いがけない近藤の言葉に、西田は色めき立った。肝心のジープが廃車になったことはどこかに飛んでしまった。

「そいつは申し訳ない。さっきジープの持ち主について聴かれた時に言おうと思ったんですが、すぐに『分かりました』と話を切られてしまったんで、言いそびれてしまって……。増田さんにはこの後私から話してみます。まあ増田さんが拒否することはないでしょう」

「いやあ、こいつは非常に助かりますよ!」

西田は自然と笑みがこぼれたが、横の満島はそれほどでもなかった。

「増田さんは紋別の会社だから、ここに居なけりゃ紋別まで行かなくちゃならなかったわけで、確かに刑事さんは運がいいかもしれない。うちも橋脚の工事はそんなに頻繁にやってるわけじゃないんでね」

西田としては紋別に行く方が、知床に来るよりも物理的な距離の近さでは上だったので、喜んだ理由は全く別だった。「手間が省けた」ことと、証言者が同時に二人居ると、相互に記憶の補完が出来るので、証言の確実性が高まることがその理由であって、近藤の話は正直言って的外れだったが、そんなことは気にならないレベルの幸運だったことは間違いなかった。それでも今は篠田のことについて聞くのが先決だ

「増田さん関係の話は後で聞くとして、ひとまずはその後の篠田専務の話を聞かせてもらえますかね」

「それで車を借りて出て行ったまま、工事が終わって皆が現場から戻ってきた頃に、専務も戻ってきましたよ」

「その時の様子はどうでした? 出来れば詳しく」

「かなり疲労してた感じはありましたね。私が『お疲れ様です』と言ったら、か細い声で反応しただけでしたからね。あの割と横柄な人が……」

満島の質問に答えながら、近藤は苦笑していた。やはりここでも篠田の評判は悪かった。

「作業着の汚れなんかはどうでしたか? 如何にもどこかでスコップを使って作業したような形跡はありましたか?」

「凄い汚れていたという強い記憶はないですが、それなりには汚れていたかもしれません……。その部分は余り印象には残ってません、残念ながら。ただ、とにかく疲れているように見えたのはよく憶えてます」

「なるほど、それなら結構です」

近藤は目を細めて一生懸命記憶を辿ろうとしていたが、その部分ははっきりしないようだった。ただ、自信を持って適当な証言をされるよりは、むしろ西田としてはありがたかった。誤った情報は誤った捜査に繋がるのは明白だ。

「ところで、その作業着ですが、帰る際には背広に着替えて戻ったと思うんですが、どうなったかわかりますか?」

「確かに背広には着替えてたように思います。作業着については、そのまま専務が持って帰ったと思いますよ。私は受け取ってませんし。まあ会社の重役に『貸した作業着返せ』ってのもねえ……。余分に置いてあるモンですから。ただ、さっきの汚れの話に戻りますけど、わざわざ着替えたのだから、少なくとも汗はかいていたんじゃないですか。真夏でしたから。そういう風に考えると、やっぱり汚れていたんですかねえ……」

仮に返していたとしても、その作業着がそのままの状態で保存されているわけもなく、西田は口に出した後に『無理だな』とは思ったが、出てしまったものは仕方ない。ただ、血痕のようなモノが残っていればかなり有力な証拠になるのは確かで、聞かずにはいられなかったのだ。

「そう言えば、専務は現場の事務所に戻ってきてから社長に何らかの連絡はしたんですかね?」

満島が西田がすっかり忘れていたことを聞いてくれた。

「いや、私達の事務所の電話ではしてなかったはずですね。とは言っても、携帯も当時はまともに電波が来てなかったはずですし、持ち歩いてなかったとも思います。結局北見に戻ってから、何の話かわかりませんけど報告したんじゃないかと。まあそもそも携帯が持ってて通じてるなら、社長は直接専務に掛けますわな。専務がこっちに戻ってくる途中で公衆電話とかで掛けてたら、それはこっちも知り様がない。行った場所自体は、推測する分にはどこかの山の中っぽいしねえ……」

近藤はこちらがすべき推理まで披露した。

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