迷走47
ひと通りのシミュレーションを終え、一服していた3人やその他の刑事達が休んでいた、会議室隣の小会議室に、突然比留間管理官が飛び込んできたのは午後3時過ぎだった。他の捜査員達の注目を集めるも、管理官は一向に気にする様子もなく、向坂に向かって叫びに近い声をあげた。
「向坂、すまんがすぐ所轄に戻ってくれ!」
何が起こったか事態を飲み込めない向坂や他の捜査員達を前に、
「端野町の山林で営林署の職員により、女子高生のツッコミ(強姦)殺しと見られる扼殺(絞殺)遺体が発見された。確認出来ていないが、数日前から行方不明だった美幌の子らしい。しかもすぐ近くから別の女の腐乱死体が発見された。現時点で連続殺しの可能性が高い」
と比留間が説明した直後、向坂の携帯が鳴った。電話に出た向坂の口調から、上役からの電話のようだった。
「はい、今こちらで管理官から事情説明を受けたところでした。はい……」
しばらくして向坂は電話を切ると、
「うちの刑事課長からの電話でした。帰署要請がありましたので、管理官の指示通り所轄に戻ります。西田達には悪いが、明日はこういうわけで無理だな……」
管理官に一言言った後に、西田達にも謝った。
「いやいや、向坂、むしろこっちが謝らないといけない。無関係の所轄の強行犯係長を、土地鑑(勘)を理由に無理に引っ張ってきたのはこっちなんだから……」
比留間は手を横に振るジェスチャーをして言った。
「向坂さん、後のことはこっちでやりますから、早く戻ってください」
西田の一言に、向坂は黙って頷くと、脱いでいた背広を羽織って他の捜査員達に一礼しながら部屋を出て行った。それを見届けた比留間は、
「問題は今回の件が向坂だけでなく、こっちにも及ぶってことなんだが……」
と言いづらそうに、他の捜査員達を集めた。
「当然方面本部も、今回の件で北見署と合同で捜査本具を立ち上げないといけないわけだが、こっちも含めて同時に2つの捜査本部を作らないといけない。しかも連続のツッコミ殺しとなると、社会的な影響もデカイ。今こっちは捜査一課1班を動員してるが、もう1班だけでそっちの援軍とするのも無理があるだろう。本社(道警本部)からもかなりの応援はあると思うが、初動が大事だから、方面本部としてもほぼ全員、2班分は初期に動員しておきたい。だからこっちは取り敢えず遠軽組とごく少数の方面本部組での対応というのが、現時点での俺の考えだ。今回の聴取に関わってる満島と、西田と組んでる北村、この二人だけ方面本部組として残し、後の捜査員は全部そっちに持っていくべきと思ってる。沢井課長は既に承認済みで、捜査本部長も、槇田署長に副本部長から暫定的に昇格してもらって対応してもらうつもりだ。倉野課長もそっちの主任官として活動するだろうから、こっちの主任官は沢井課長で代行という形になると考えている。もしかしたら、本社からこっちにも応援が来るかもしれないが、確率的には低いかな……。基本的には遠軽の刑事課の他の刑事に応援を要請する方が先だろう」
比留間管理官の話は至極真っ当な判断だった。米田の殺人事件も同時進行で捜査している事件ではあったが、米田の件は取り敢えず過去の事件であるのに対し、女子高生殺人は現在進行形の事件であり、早期解決が肝心の連続殺人の恐れが高かった。やはり初動で全力捜査をすることがセオリーであり、米田の事件がある意味ないがしろにされるのも当然だろう。そういう意味では、西田は一種の諦観状態だったと言えるかもしれない。(管理官の方が倉野事件主任官つまり捜査一課長より役職が下でしたので、過去の文中含め、一部口調の表現等を変えさせていただきました)




