迷走33
「いや、警察から連絡があったってことは、一体どういうことなのかと」
向坂の発言に三田は一安心したのか、
「そういう意味ですか。えーっと、『おたくの会社に北川という人物がいるか?』とね。それで、北川の所有物らしき時計が、警察が捕まえた窃盗犯の持ち物から押収されたので、確認して欲しい』と」
向坂は声のトーンを変えて、更に聞いた。
「それは北見署ですか?」
「いや、どこだったかは、私はわからないですね。私も北川とか秘書から、大まかに聞いただけなもんですから……。多分、電話は秘書が取り次いでますから……、坂崎君かな、ちょっと確認してみます」
そう言うと、三田は電話を取り内線に掛け、呼び出された女性秘書がすぐに三田の部屋に入って来た。
「坂崎君、北川専務に警察から電話来た話、覚えてる?」
「副社長、勿論覚えてます。確か……」
秘書はシステム手帳を広げると、ページをめくった。
「あ、ありました。6月22日の木曜日の14時ぐらいに、旭川西署(小説上の架空)の館林という刑事さんからの電話でした」
「なんて言ってたんだっけ?」
「私が聞いた限りでは、時計の件と、うちに居た富岡という人間の在籍履歴確認でしたね」
「富岡? その話は聞いてないが」
「すみません。北川専務に言うなと言われてました……」
秘書は如何にも失敗したという顔付きになったが、三田はそれを責めるよりも、中身を問いただそうとした。命令したのが北川だとすれば、それは秘書の責任には出来ないと感じたのだろう。
「それは仕方ない。で、富岡ってのは、1年以上前にうちを辞めた富岡 正の話か?」
「はいそうです。富岡がどの期間在籍していたか確認したいとのことでした。それについては、すぐ調べて北川専務に報告し、警察に専務から連絡したと思います」
三田は秘書の報告を聞き終わると、
「話を聞く分には、うちに居た富岡という社員が、篠田から、何らかの形で北川の時計を盗って、それがつい最近、旭川西署の管轄内で発覚したということになるんですかね?」
と、二人に聞いた。
「おそらくそういうことだと思います」
西田がすぐに答えた。
「身内が犯人でしたか……。北川はそれを伏せたかったのかな?」
三田は釈然としないようだったが、
「とにかくお聞きになった通りのようです」
と短く言った。向坂が、
「ついでと言っては何ですが、坂崎さん。すいませんが、その富岡という人間、いつからいつまで会社に居たか、調べてもらえますかね?」
と改めて聞くと、
「いえ、専務に報告するために手帳にメモしてますから、すぐわかります……。91年の9月から93年の9月までですね」
と答えた。
「話を聞く分には途中入社の人なのかな?」
西田が坂崎に問うと、三田が代わりに、
「そうですね。入った当初が30半ばだったと思います。建設会社を流れ歩いてるような奴だったはずです。腕はあるが、時間にややルーズだったのと、手癖が悪いという噂もあって、結果的に自主退職という形で辞めていきましたが、旭川に行ってから窃盗で捕まるとは、さもありなんって奴ですよ。うちに来た時点では、『前』はないということを警察の人に調べてもらっていたはずなんですが……。話を総合して考えると、私の記憶では奴の居た部署は、丁度湧別大橋の工事に関わっていたんで、おそらく篠田がそこに来た時に、どうにかして盗ったんじゃないかと思います」
と呆れ気味に言った。
「それで、盗られた時計は北川専務が旭川まで取りに行ったんですかね?」
西田が尋ねると、
「いえ、旭川西署の人が、その時は確認のために時計を北見に持ってきてくれたんです。事情聴取のついでということで。北見と旭川じゃ距離がありますから、便宜を計ってくれたようです。会社で会うと面倒なことになると専務は気にして、6月28日ですね、その日に会社の近くのファミレスで待ち合わせたみたいです。その際私は同席はしてませんが、警察の方とアポを取ったのが私なので記録していました。後から専務に聞いただけですが、専務はこの件での起訴はしないように要請したらしいです。起訴されると時計がちゃんと返ってくるのも遅くなるみたいでしたから。ちゃんと手元に戻ってきたのはそれから1周間程後の7月5日前後だったように記憶しています。専務が嬉しそうに腕にはめた時計を私に見せてくれた記憶がありますから」
と坂崎は手帳を確認しながら教えてくれた。
「北川さんは旭川西署の刑事に、『起訴しないでくれ』と言ったんですね?」
向坂は念を押した。
「はい、そう本人から聞きました」
坂崎の返答を向坂はメモすると、西田を一瞥した。向坂の言いたいことは、西田もよくわかっていた。そして、
「無理言って申し訳ないんですが、その篠田さんが時計を失くした日は、こちらでは特定できませんかね?」
と西田は尋ねた。
「特定ですか? そう言われましてもねえ……」
しばらく三田の沈黙が続いたが、
「そうか、工事日誌に、篠田が来たことが書いてあるかもしれないな。坂崎君、工事部の土木課に行って、工事日誌もらってきてくれ。えーっと、確か湧別大橋の補修工事だ、92年の夏のな。そう言えば相手もわかると思う」
と言うと、坂崎秘書は急いで部屋を出て行った。
それから15分弱掛かっただろうか、西田達が景気の話で時間を潰していたところに、坂崎が戻ってきた。
「ありました。これですね」
坂崎が三田に日誌を手渡すと、三田はパラパラと該当箇所を探し、すぐに探り当てた。
「あったあった。やっぱりな……」
そう呟くと、広げた日誌を向坂と西田の方に向けて見せた。
「何度か行っていますが、8月は10日と翌日の11日、12日と3日連続で行ってますね。そして12日がお盆前の最後の工事日で、その後20日から工事が再開されてます。3日連続して行ったのは、おそらく時計を失くしたので、探す目的もあったんじゃなかったかな。それにしても私の記憶も年齢の割にはなかなかのもんでしょう」
三田はそう笑って言ったが、向坂と西田は日誌の日付、特に8月の10日のことが頭から離れず、生返事を返すにとどまった。そして向坂が、
「この工事の担当者だった方に話を聞きたいんですが?」
と思い出したように尋ねると、
「担当者と当時の工事関係者で、うちにまだ居る連中は今、斜里の現場の橋脚工事で出ていまして、しばらく戻ってこないんです」
と三田は申し訳無さそうに言った。
「そうですか、それは残念ですね。まあ本当に話を聞く必要が出てきたら、我々が自分で伺うことになるかと思いますので、その旨伝えておいてください」
向坂は残念そうにそう返した。
西田と向坂はその後も多少のやりとりを三田、坂崎と交わしたが、大したことも聞き出せず、関心はある意味新たな捜査へと向いていた。それだけの材料を既に手に入れたからだ。適当なところで事情聴取を終えると、急いで方面本部への帰途に就くことにした。




