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迷走32

「しかし、こんな時計ただで貰えるなんて羨ましいの一言ですね」

西田が時計を三田に返しながら言うと、

「まあ私はそう思って大事にしてますけどね。皆がそう思ってるわけでもない」

と三田は皮肉混じりに答えた。

「と言いますと?」

向坂が会話の流れのまま尋ねた。

「それこそ、北川と篠田の話ですよ。特に篠田ですね」

「ほう。どんな話ですか」

特に何か事件に関係しそうな話でもないが、今更特に聞くべきこともないので、向坂は今度は興味本位で話の続きを更に促した。

「刑事さん達にとって面白い話ではないと思いますけど、リクエストなら仕方ない……」

と軽く前置きすると、返してもらった時計を見ながら三田は話を再開した。

「あれはいつだったかな……。そうだ、北川がアメリカに長期出張する直前でしたから、92年の7月か、北川と篠田は、まあそれなりに仲も良かったんで、一緒に出かけることがよくあったらしいんですが、この二人が釣りに佐呂間湖? 辺りに行って、帰りに温泉で入浴したらしいんですわ。で、その時にこの貰った時計を取り違えましてね。ところが、その翌日には北川はアメリカに出張することになっていて、二人共その時まで、取り違えたことに気付かなかったので、そのまま、北川は篠田の、篠田は北川の時計をしたまま過ごしたって話ですよ。取り違えた当時、篠田が笑い話として私にしてくれたのを思い出します。まあその後はちょっと事情が違ってきますけど」


 さっきまでただの興味本位で聞いていた向坂と西田だったが、3年前の北川の長期出張の話が出た途端、アリバイの件にも重なっている話だけに、真剣な顔で三田の口元を見つめる。

「その事情というのは?」

西田が催促した。

「ええまあ。その後のことでした、篠田が時計を失くしましてね。もともと色々忘れっぽいところがあった人間でしたが、よりによって、人の高い時計を失くしたとなると、大騒ぎになりまして、会社の人間巻き込んで色々探したんですが、結局見つからなかったんですよ。アメリカで連絡受けた北川はそれほど怒らなかったらしいんですが、日本に戻ってきてからは、やっぱりしばらく不機嫌でしたがね。篠田は自分のを代わりにやるつもりだったらしいですが、名前が他人のものじゃあ、北川も受け取れませんわな」

三田は軽く笑うと、話を続けた。

「あれはいつだったかなあ……。湧別にある国道の橋の補修工事が遅れていて、その工期の遅れを取り戻すため、いつも8月8日ぐらいから始まるはずおのお盆休みが、その工事に関わった連中分だけ数日遅れた時……。北川が現場を見に行った前後の話だったんで、8月の初旬から中旬の間ぐらいだったかなあ」

三田の話を聴き終わった向坂は、一つの疑問をぶつけた。

「あれ、話がおかしいですね。篠田さんは北川さんの時計を失くしたんですよね? じゃあなんで北川さんは、自分の時計をはめてたんですか?」

西田も同じ疑問を抱いていたので、三田の回答を待った。

「なるほど。言われてみればそうでした。それがですね、面白いことに、つい一ヶ月程前ですか、あなた方のお仲間から連絡が来まして」

「お仲間?」

向坂が怪訝そうな声を出したので、三田はバツが悪そうに、

「すいません。警察の方から連絡が来まして」

と訂正した。しかし、向坂は表現が気に入らなかったのではなく、警察から連絡が来たという話の流れに違和感があったからだと、西田は理解していた。


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