迷走28
そんな話に夢中になっていると、聴取が終わった向坂が戻ってきた。かなり疲れた表情をしている。
「向坂さん! どうでした?」
捜査で組んでいる竹下がまず声を掛けた。
「それなりだ、それなり」
向坂は短く答えた。そして席に就くとタバコに火を付け、大きく煙を吐いた。
「しかし、俺も運がないね。いきなり取調べ初日にああいうことに巻き込まれるとは」
黙って見守っていた遠軽組の視線に気が付いたか、冗談交じりに話し始めた。
「実際のところ、倒れた時北川はどんな感じだったんだ?」
沢井課長が尋ねた。
「逮捕された後、北見署で裏から何度か見ましたが、その時よりやつれた感じは出してましたよ」
向坂の返答に西田は、
「俺が初日に取調べした時にはそんな印象はありませんでしたから、やっぱりここ数日の取調べがキツかったんですかねえ。もともと高血圧だと言う話は会議でも出てましたし」
と言った。
「まあ、あの人の取調べだとストレスあるだろう。それと暑さもかなり影響しただろうな……」
向坂も同調すると同時に、暗に道下の取調べのやり方に懐疑的な感想を述べた。そして、
「で、明日からどうなるの?上からなんか聞いてる?」
と続けて、長い聴取のせいで、捜査本部の状況把握が出来ていないことを補完しようとした。
「こちらも何にも聞いてないぞ。そこまでやってる余裕がないというか、頭回ってないと思うな、俺は」
沢井課長が答えたので、向坂は恐縮したか、
「ああ、そうなんですか」
とかしこまったように礼を言った。
丁度その時、園山北見方面本部長が会議室に姿を見せた。それを見た捜査員があたふたと自分の席に戻る。全員が席についたのを確認すると、重い口を開いた。
「待たせて申し訳ない。まだ監察官の聴取が続きそうなので、一旦状況と明日以降のことも含めて説明する必要があると思いやってきた。基本的に道警も方面本部としても、逮捕・勾留については、裁判所の判断を得ていることは当然、過去の事例から見ても至って適正であり、何の問題もないと考えているのは言うまでもない。ただ、米田の殺害についてのアリバイの存在と、取調べの際に、きちんと水分補給がされていなかったという点において、若干だが、拙かったかもしれないという考えの人もいることは確かだ。そこら辺をしっかりするために、聴取をして精査しているところだ。正直今日中に結論が出るとは思えない。そこでだ、ひとまず今日は午後7時まで結論が出るかどうか、ここに残ってもらった上で、出なかった場合には、明日は午後まで自宅待機。午後より捜査会議という形にしたいと思っている。おそらくその頃には結論は確実に出ているだろう。そこからまた仕切り直しになる、そういうことだ」
沢井課長がその発言を聞いた上で挙手をして質問した。
「すいません、所轄組は署の仕事の関係上、勤務は通常通りにしていいんですね?」
「そうだな、方面本部組と違って、所轄は専従捜査と言っても、ある程度対応しないといけないからな……」
事実、米田殺害における捜査本部設置後も、西田率いる強行犯係は、数件の管内の傷害事件について、他の係の協力も得ながら解決していたことがあった。ただ、他係の協力程度で同時進行できるレベルの事件規模であったから良かったものの、場合によっては捜査本部から数名外れて対応しないといけなかったかもしれない。他の係も今回の捜査本部に既に適宜協力していたので、それほど余裕があるわけではなかったからだ。
「わかった。遠軽組は午前中は所轄で行動してもらいたい。後……、向坂はどうするかな。北見署からは向坂一人しか来てないし、今更北見署に行ったところで、やることないだろ?」
と、園山は向坂に話を振った。
「ええ、午前中だけ所轄戻っても、長期出張してた奴が突然ちょっとだけ戻ってきたみたいなもんで、邪魔になるだけですよ」
向坂は笑っていった。
「じゃあ、仕方ないな。好きにしてくれ。ただ、余り派手な動きはよせよ。まあとにかくそういうことだからよろしく頼む!」
園山はそう言うと会議室を出た。




