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天王星の衛星アリエルから来ました ~蒼い星への旅~⑧

 アウラリスは、氷の内部を移動する過程で形を得た。

 流体でありながら、表面張力と結晶干渉を利用して、一時的に外形を安定化させる。


 その形態は――魚に似ていた。


 平均全長 2.4 m、尾部に波動状の熱電繊維をもち、それを振動させて推進する。推進速度は 0.3 m/s。


 しかし、彼らは止まることを知らない。


 「止まる」は、凍ることを意味する。したがって彼らの生活は、永遠の遊泳であった。


 感覚器官は存在せず、体表全体が“脳”であり“皮膚”であり“心”であった。

 光の反射、熱の波、圧力の乱れ――すべてが彼らにとっての言語である。


 氷上の風紋を感じると、彼らの体はそれに合わせて形を変える。

 やがてその形の変化が意思伝達となり、形態言語(morpho-linguistics)が生まれる。


 一匹の魚の尾の揺らぎが、遠く離れた仲間の胸鰭を震わせる。

 一つの会話に一季節。

 それが、氷の魚たちの速度だった。



 氷の殻が再び厚みを増すと、内部の海は閉ざされた。

 しかしアウラリスの一部は、上層へと上がり続けた。


 表層では、天王星の磁気圏と太陽風の干渉によって、周期的なオーロラ活動が生じている。磁束密度 B ≈ 2×10⁻⁵ T。


 この磁気嵐の中で、アウラリスは**電磁浮揚(magneto-levitation)**を獲得する。体内の導電格子が磁場と共鳴し、上昇力を生む。


 彼らは氷から離れ、空へ浮かび上がった。


 天王星の影の中、青い稲妻のように漂う光体。

 それが、氷を超えた種――極光種(Auralis sapiens)である。


 彼らは“魚”の形を保ちながら、もはや水も氷も必要としなかった。

 彼らの血は電子であり、彼らの骨は磁場でできていた。



 アウラリスたちは、氷上の魚から進化した“空の生物”でありながら、その内部構造はフォルミアンの記憶を保持していた。


 クリオポリスの都市構造――六方晶格子の街路――が、彼らの脳神経配列にそのまま転写されていたのだ。


 彼らの社会は再び都市を築いた。

 ただし、それは氷や岩ではなく、磁場と光で形成された都市。


 極光の谷に浮かぶ巨大な発光構造体。

 それぞれが互いの磁界で接続され、ネットワーク全体が一つの「思考生物」として振る舞う。


 人類が地球から観測する天王星のオーロラ――

 その揺らめきの背後では、光の文明が“形を保つ祈り”を続けているのかもしれない。



 こうして、アリエルの生命は三度、相を超えた。


 氷に生まれたフォルミアン

 海に泳いだペラギア

 空に昇ったアウラリス


 それは生物進化というよりも、物質の意識化の過程であった。

 氷 → 水 → 空気 → 光。

 それぞれの段階で、彼らは「環境を取り込み」「自らの体とした」。


 氷をものともしなくなった彼らは、もはや物質の制約を受けず、形のみに宿る生命となった。


「形を保つとは、存在を忘れぬこと。

 形を変えるとは、存在を伝えること。

 そして形を離れるとは――存在そのものになること。」

 ― アリエル極光碑文 “Aurora Codex α.9”

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