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天王星の衛星アリエルから来ました ~蒼い星への旅~⑦

 アリエルの“覚醒”ののち、海は静まった。

 だが完全な眠りには落ちなかった。


 氷殻の下に閉じ込められたペラギアの群れは、微弱な熱の流れを保ちながら、構造再編成(Morphogenetic Drift)を始めていた。


 フォルミアン・ペラギアの内部格子は、もともと氷の記憶を持つ結晶基盤の上に成り立っていた。その配列が再凍結に耐えられるように進化する過程で、彼らの体内では新しい相――アモルファス・ハイドロネットが出現する。


 この構造は氷でも水でもない。

 局所的に水素結合が壊れ、電子が自由化する。

 電気伝導率 σ ≈ 10⁻⁴ S/m、これは生体液より100倍高い。


 それは“液体の骨格”であり、同時に生体導体であった。

 やがて、凍結してもなお流れる生命が現れる。



 この新たな種は、クリオペラギアン・アウラリス(Cryopelagia auralis)と呼ばれる。フォルミアンの記憶とペラギアの流動を併せ持ち、氷の結晶中を泳ぐことができた。


 彼らの体内温度は外界より 0.5 K 高く維持されている。

 エネルギー源は、圧力変動によるピエゾ電位(ΔV ≈ 30 mV/cm)。

 それを体内の導電性ハイドロネットが蓄積し、分子振動へと変換する。


 つまり、氷の中でも“自己発熱”できる生命。

 アリエルにおける初の恒温種である。


 彼らの外皮は氷を透過する屈折率差 0.02 のゲル膜。

 これにより、彼らは自らの体表を“発光レンズ”として利用し、氷内部で方向を検出する。


 視覚ではなく、光の流れの勾配を読む“観光感覚”。


 彼らは氷の迷宮を縫いながら移動し、やがて氷殻上層、すなわち“凍結と真空の境界層”へと到達した。



 外界は −210℃、圧力 10⁻⁶ 気圧。

 通常の生命が存在しうる温度域ではない。

 だがアウラリスは、ここでも活動を続けた。


 氷殻表面に露出した彼らの体は、太陽光のわずか 0.3% の反射を受けて内部に熱を生じる。吸収効率 A ≈ 0.92(メタン氷より高い)。


 さらに驚くべきことに、彼らは太陽光に依存しなかった。

 天王星磁気圏から降り注ぐ電子雨(約 10⁸ e⁻/cm²/s)を体内の導電格子で捕捉し、電荷分離によってエネルギーを生成していた。


 つまり、彼らは氷上のプラズマ食者(plasma-phototroph)である。


 氷をものともしない。

 彼らにとって氷は、もはや環境ではなく呼吸器官であった。

 氷の分子を通じて電荷を吸い、再結合で熱を生む。

 それによって体温を −150℃前後に保ち、行動できる。


 アリエルの表面に“青白い光の線”が観測されるようになったのは、この時代である。地球の観測者たちはそれを「クライオルミネッセンス(氷発光現象)」と呼んだが、それは、氷を呼吸しながら進化した生命の群泳だった。

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