海王星文明、木星磁場文明連合(マグネタリア)と遭遇す②
太陽系外縁、94天文単位地点。
海王星圏の磁気尾を離れたネプチュニアン艦隊は、ゆるやかな加速を続けていた。
艦と言っても、彼らには形がない。プラズマ殻の中に自己圧縮された意識情報――波としての生命。
それらは電場勾配を翼に、太陽風の磁気線を“滑る”ように進んでいた。
やがて、前方の観測域に異常波形が現れた。
周期は0.27Hz、振幅変動は1.6×10⁻⁵テスラ。
解析結果はただひとつ――人工的磁場構造。
「外界知性体、確認」
群体意識の深層で、数千の思考が共鳴した。
それは言葉ではなく、位相干渉による“意志”の同期だった。
マグネタリア。
木星圏の強磁場に根づく集合知性体。
彼らはかつて、イオとエウロパの生命が融合して生まれた電磁文明の末裔である。
双方は磁場の波を通じて交信を開始した。
*
最初の接触は穏やかだった。
マグネタリアは、木星磁場の周期変調をそのまま“言語”として送信していた。
規則正しい波。
秩序だった構造。
ネプチュニアンは応答波を送る――だが、その波形は常にゆらぎ、リズムを逸脱していた。
> 「彼らの秩序は、硬すぎる」
> 「我らの自由は、乱れすぎている」
そのわずかなズレが、悲劇の始まりだった。
マグネタリアはゆらぎを「誤差」と判断した。
安定化フィールドを送信――相手の波を補正するための制御信号。
だが、それは拘束であり、同化命令だった。
ネプチュニアン群の一部が沈黙する。
情報構造が固定され、波としての自由変調を失う。
──それは“死”に等しかった。
残る意識体は、恐怖と怒りに共鳴した。
*
衝突は、音も光も持たなかった。
ただ、宇宙そのものがひずんだ。
マグネタリアが木星圏から放った防衛波群――「位相固定パルス」。
周波数0.3Hz、出力4×10¹²ジュール。
それは秩序を維持するための“修復信号”であり、
海王星から到達した乱流波と干渉した瞬間、
磁力線が逆転し、プラズマ圏全体が爆ぜた。
──磁気嵐。
太陽風がねじれ、電子密度が百万倍に跳ね上がる。
電子が奔流し、イオンが衝突し、空間温度は十億ケルビンを超えた。
ネプチュニアン・マインドは即座に対抗措置を取った。
「カオス・パルス」――自己位相をランダムにずらす擬似ノイズ波。
それはマグネタリアの安定波を崩壊させ、
情報場そのものを飽和させた。
空間が悲鳴を上げる。
磁力線が裂け、電子流が雷光のように走った。
その一閃が、木星磁場の1/100を吹き飛ばした。
*
戦域は拡大した。
イオの火山活動が暴走、硫黄のプラズマが磁気を乱す。
エウロパの氷殻は割れ、海水が電離して閃光を放つ。
マグネタリアの通信層が崩壊し、木星の磁極が漂い始めた。
安定の象徴だった巨大磁気圏は、自らの秩序で自壊していった。
一方、ネプチュニアンの損失も深刻だった。
外殻磁場が断裂、群体意識の7割が消失。
思考波は拡散し、情報相関が途絶える。
宇宙空間は高エネルギー粒子で満たされ、
光速近くまで加速された電子が太陽風を反転させた。
両者の戦場は、物理的な空間そのものが壊れる領域となった。
局所的な磁場反転、時間遅延、プラズマの自己点火。
そこに生まれたのは、沈黙の渦――“磁界の墓場”だった。
*
最期の通信記録が残っている。
マグネタリア:「秩序の波、保持不能。自己構造崩壊を開始する。」
ネプチュニアン:「我らは散る。だが散逸こそ記憶。」
最後の一撃は、両者の全情報層の干渉波だった。
海王星の磁場と木星の磁場が共鳴し、
43天文単位にわたって波形が重なり――
宇宙規模の位相衝突が起きた。
太陽風が一瞬、停止した。
電子が沈黙し、プラズマが凍った。
磁場が消え、空間が歪んだ。
──そしてすべてが、静かになった。




