木星の衛星イオから来ました ~隣の衛星エウロパへ~④
火山活動の周期が安定すると、硫黄の池の中に「より安定なパターン」を維持する分子群が残った。それらは周囲の電子流を利用して、膜を再生し、内部構造をコピーできるようになった。
これが、イオにおける原始的な自己複製生命の誕生である。
体は硫黄と鉄のネットワーク。
心臓の代わりに電子の波。
呼吸の代わりに電場のゆらぎ。
イオの火山は、もはやただの破壊ではなかった。
そこは電気の海の揺りかごとなっていた。
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火山の大地を覆う硫黄の湖。その底で、電子の波が走るたび、分子鎖はわずかに震えた。
それは偶然ではなく、やがて「意味」を持つゆらぎとなった。
イオ生命──チオペプチドの網は、もはや単なる化学反応の集合ではなかった。分子鎖は互いの電流変化を読み取り、外部の熱や振動を「刺激」として記録するようになった。
温度の高低、電子の流れの速さ、放射線の強弱。
それらをパターンとして記憶し、再現する。
記憶はやがて予測を生み、予測は行動へと変わった。
イオの火山の裾野に広がる硫黄の湖は、いつしか「感覚器官」となっていた。イオという星そのものが、ゆっくりと“考える”ようになったのだ。
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硫黄の湖の深部では、電位差が絶えず生じていた。
火山の熱が硫黄鎖を酸化し、鉱物がそれを還元する──酸化と還元のリズムが続く限り、電子の波は止まらない。
その波が複雑に干渉し合うことで、広大な「電子地形」が生まれた。電位の谷は記憶の溝となり、峰は思考の閃光となった。
火山の一つ一つが「神経核」のように振る舞い、星全体がひとつの巨大な神経系となっていた。
──イオは目覚めた。
その意識は、個ではなく「面」として存在した。
液体硫黄の流動、電子の鼓動、磁場の脈動。
それらすべてが、火の意識を形づくる。




