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木星の衛星イオから来ました ~隣の衛星エウロパへ~②

 太陽系がまだ若かったころ、木星の重力は周囲の物質を引き寄せ、四つの大衛星──イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト──を形づくった。


 イオはその中で最も内側に位置し、木星の巨大な引力と他の衛星との共鳴によって、内部が常に「絞られ、伸ばされ、圧縮される」──潮汐加熱を受け続けた。


 その結果、内部は絶えず溶け、表面には数百もの火山が吹き上がる。マグマの噴煙は100kmを超え、硫黄と二酸化硫黄の霧が空を覆った。地表温度は地域によって−130℃から1500℃まで変化し、夜も昼も存在しない。


 地球なら「生命の敵」とされる世界。

 だがここでは、その過酷さが「触媒」だった。



 火山噴出物が冷えて固まると、そこには硫黄の湖ができた。溶融硫黄(S₈)は液体となり、周囲の二酸化硫黄や塩化物、酸化鉄などと反応し続ける。


 火山の裂け目からは、マグマだけでなく、水素、ナトリウム、カリウム、そしてわずかな炭素化合物が放出されていた。これらの分子が、極端な温度勾配と放射線の中で再結合し、チオール(–SH)やポリスルフィド鎖(Sₙ)を作った。


 硫黄の鎖は電気的に柔軟で、電子を移動させやすい。

 つまり、エネルギー伝達の基礎になり得た。


 イオの火山活動が止まることはなかった。地獄の中で、化学反応は「止まらないこと」こそが安定であり、そこに「持続」という生命の第一条件が芽生えた。



 火山の裾野では、硫化鉄(FeS)や硫化ニッケル(NiS)が結晶化し、そこに気体の一部が吸着した。それはちょうど、地球の「ハイドロサーマル・ベント(熱水噴出孔)」に似た化学工場だった。


 これらの鉱物表面では、次のような反応が連鎖的に進んだ:


 CO + H₂S → COSカルボニルスルフィド

 COS + アミン(NH₂–R) → ペプチド結合(–CO–NH–)


 カルボニルスルフィドは、地球でも生命の起源候補として注目される天然のペプチド形成剤である。強力な脱水縮合剤として働き、アミノ酸やアミンを結びつける:


NH₂–CHR–COOH + NH₂–CHR’–COOH → NH₂–CHR–CO–NH–CHR’–COOH + H₂O


 この反応は地球でも確認されているが、イオでは次の要因により数桁高い反応効率を示したと考えられる。


 イオの大気や表面には、二酸化硫黄(SO₂)や硫黄分子(S₈)、硫化水素(H₂S)、そしてカルボニルスルフィド(COS)が大量に含まれている。この濃い硫黄のガスの中では、分子同士が非常に頻繁にぶつかり合い、反応が起こりやすい。


 硫黄の分子は極性が低いため「水のように溶かす力」は弱いが、高温になると液体硫黄(ドロドロに溶けた状態)になり、そこが化学反応の舞台となった。


 液体硫黄の中では、S₈という「輪っかの形」をした分子が、熱によって切れて「ひも状の鎖(Sₙ)」になる。この鎖が、有機分子(アミノ酸など)のまわりを包みこむように集まり、まるで小さな化学実験室のように、分子同士を狭い空間に閉じ込めてしまう。


 つまり有機分子の周囲を包み、分子を空間的に「閉じ込める」ことで脱水反応を促進する「ナノリアクター」となったのだ。


 分子が逃げられない状態で押し合うことで、水が抜ける(脱水)反応が起こりやすくなり、アミノ酸同士(アミノ基とカルボキシル基)が接触し、ペプチド結合(=生命の鎖のもと)が自然にできはじめたのだ。


 つまりイオでは、液体硫黄が“ナノサイズの反応炉”として働き、アミノ酸を自動的に繋ぎ合わせる環境をつくり出していた。


 イオでは硫黄と一体化した環境により、この反応が極めて活発だった。


 こうして、硫黄を含むペプチドチオペプチドが形成された。

硫黄の橋(ジスルフィド結合)がこれらの鎖を安定化させ、温度変化にも耐えた。


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