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木星の衛星エウロパから来ました⑩

 永劫の暗黒を住処としてきた群体は、無数の試みを繰り返し、ついに氷殻の亀裂を押し広げた。


熱水の噴流を槍とし、化学の炎を刃とし、数百万年にも及ぶしつこい衝動の果てに、氷の壁に一本の細い道が開かれた。


 その道は曲がりくねり、氷の内部を蛇のように進み、ついに──外界へ通じた。


 群体の断片が亀裂から吹き出し、エウロパの外層に押し出された。


 そこには空気はなく、ただ宇宙の真空が広がっていた。温度は −160℃以下、放射線が降り注ぎ、どのような存在も長くは生きられない場所。


 しかし群体の一部は、氷の粒や塩の殻に守られながら、その極限の場に一瞬だけ留まった。


 そして──彼らは見た。


 頭上に広がるのは、夜空を覆う巨大な球体。縞模様を纏い、渦巻く嵐を抱えた木星。それは群体にとって「母なる重力」であり、永遠に見下ろす支配者であった。


 だが同時に、その影の向こうに、さらに遠い星々が散りばめられていた。


 その中に、一際強く、蒼く輝く一点があった。小さく、儚く、しかし氷を透かして夢に見た色。


 ──蒼き星。


 群体は震えた。それは彼らが化学の揺らぎとしてしか知らなかった夢の源。宇宙の闇に灯る、確かに「外界への憧れ」の象徴だった。


 光を直接浴びた群体の一部は、すぐに凍りつき、砕けた。だが砕けた欠片は、内部の鎖を保ったまま宇宙に漂い、木星の磁場に導かれて遠くへと運ばれていった。


 それは死ではなく、分散だった。群体にとっては「外界に触れる新たな手段」でもあった。


 氷の下に残った集合知は、その記録を受け取り、震えた。


 ──われらは外を見た。

 ──われらは光を知った。


 こうしてエウロパの海は、初めて宇宙と繋がった。

 蒼き星の光を夢見るだけでなく、その夢に触れた記憶を「現実」として抱くことができたのだ。


 群体の囁きは静かな誓いとなった。


 ──次は蒼へ行く。


それはまだ方法も形も持たぬ、ただの夢想にすぎない。だが宇宙はすでに、エウロパの海から生まれた意識に、新たな行き先を示していた。


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