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彼と私の決意




「ダリア!」


 呼ばれて振り向いた先にある顔を見て、振り向いてしまった事をこの上なく後悔した。


「暴漢に襲われたそうじゃないか!無事なのか!?」


 走り寄ってきた王太子は、例に漏れず私の胸へと語りかけている。


「…偶然通り掛かったアレクセイ殿下に助けて頂きましたので、何の問題もございません。」


「あんな奴でもたまには役に立つのだ。…だが愚かなアレクセイでは真犯人に辿り着けなかったようだな。」


 は?犯人は投獄されたと言うのに、このアホ王太子は何を言ってるの?


「あの…王太子殿下、失礼ですが、暴漢を雇っていたのはイージャス助教授だったと伺っておりますが…」


「いいんだ、ダリア。隠す必要はない。真犯人はコールドスタインの女狐だろう?あの意地の悪そうな目を見れば解る。あの女は我等の恋い慕い合う仲に嫉妬しているのだ。更には私への歪んだ恋情からこんな騒動を引き起こしたに違いない。あの女、謹慎だけでは生温い。今度こそ断頭台に送ってやるっ!」


 卒倒するかと思った。本気で頭は大丈夫だろうか、この馬鹿王太子。

 誰が誰に嫉妬して私達の仲がどうしたって?誰が誰に恋情を?妄想もここまで来れば病気だわ!


 この時、王太子が私の胸ではなく顔を見ていたら。流石のナルシスト野郎でも、軽蔑と呆れと嫌悪のこもったドン引き顔に気付いただろう。だって取り繕う事なんて不可能なくらい気持ち悪かったんだもの。

 でも王太子の目線は、紛う事なき私の胸にのみ注がれている。こうしてこの阿呆は、思い留まる機会を一つ失って暴走し始めた。


「此度の事件、真犯人はコールドスタイン公爵令嬢だ!奴を捕らえ首を刎ねろ!」

 一方的に喋り倒した挙句、私の話など一切聞く素振りすらない王太子の高らかな宣言に、命令を受けた近衛騎士達がたじろぐ。


 それはそうだ。こんな暴論に従ったら、公爵家を始めとした貴族側から猛反発を受ける事になる。王室はかつてない政争に巻き込まれてしまうでしょうね。騎士でも解る簡単な事が、どうしてこの王太子には解らないのかしら。


「どうした!?今すぐあの女を捕らえろ!私の命令が聞こえないのか!?たかが女一人を捕まえて首を刎ねるだけだ!簡単な事だろう!?」


 学院の廊下で怒鳴り散らすその姿は、多くの生徒に目撃されていた。そして私の脳裏では今まで王太子に関し様々な呼称を使ってきたけれど、新たにパワハラ野郎のレッテルが加わった。


 もはや私を置いてきぼりにして騎士に怒鳴り続ける姿を見ているのも不愉快で、逃げようとした時だった。

 誰かに手を引かれ、集まって来る野次馬から引き離される。



「お待ち下さい、アレク様…」


 私を引っ張るその背に呼び掛けると、彼と目が合った。


『ともかく場所を変えよう』


 視界が反転し、次の瞬間には移動魔術によって彼の執務室に居た。


「強引にしてしまい、すまなかった。そなたをあれ以上あの場に居させたくなかったのだ。先程の兄上の暴走には手を打ってある。リリーローズ嬢に濡れ衣が着せられる事はない。」


 私を座らせた彼は、いつも以上に早口だった。どういう訳か少し緊張しているような気がして、こっちも落ち着かなくなる。


「まさかまた、王太子殿下の暴挙を揉み消すおつもりですか?」


「いや。流石に今回の騒動は私でも庇いようがない。あれだけ大勢の前で騒ぎ立てたのだ。じきに国王陛下と公爵の耳にも入るだろう。」


 アレク様の能力であれば、今回だって揉み消す事ができたはず。そもそも王太子の暴挙を事前に止める事だってできたのに。敢えてそうしなかった、のかしら…どうして?


 動揺する気持ちを抑え、慎重に彼の様子を観察しながら口を開いた。


「もう、頃合いでしょう。王太子殿下に期待するのは限界です。」

 私がそう宣言すると、アレク様は静かに私の隣に腰を下ろした。

「あの方ではリリーローズ様を幸せにできない。それどころか向かうのはこの国の破滅です。国の未来も、リリーローズ様も任せておけません。」


 いつもなら、ここでアレク様は複雑なお顔をするはず。なのに、彼は表情を変えなかった。それどころか、瞳を通して伝わってくる彼の心には固い決意があるようだった。


「私が聖女になれば、最早王太子殿下の手からは逃れられないでしょう。このままだと、大好きなリリーローズ様を裏切り好きでもない王太子殿下と結婚させられてしまいます。

 そうならない為に、王太子殿下が、王太子の座から引き摺り下ろされるような愚かな行為…例えばですが、不当な婚約破棄を公衆の面前で宣言するとか。そんな突拍子もない事をしでかしてくれれば手間が省けていいのですけれど。」


 婚約者がいるにも関わらず、他の女(私)に心を奪われて我儘を通す為に非のない婚約者を断罪する。そんな暴挙を公衆の…できれば、国王陛下や上位貴族がいるような場面でやらかせば、王太子の支持は地に落ちる。


 そうなった時。私が王太子を惑わしただとか妙な誤解を受けない為には、私の気持ちが王太子の元には無いという前提が必要だ。例えば王太子がリリーローズ様との婚約破棄を宣言して私と婚約するとか馬鹿げた事を言い出した時に、既に特定の恋人や婚約者がいるとか。


 その為に私は、目の前のこの人を利用しようとしている。


「アレク様…私はきっと、酷い女です。あなたを途方もない争いの中に投げ込もうとしている。最悪の悪女でしょう。でも…」


 その先を、アレク様は言わせてくれなかった。


「何も言うな。」

 アレク様の指が、私の唇を押さえ、なぞる。


「これは、私自身の選択だ。」


 そうして彼は、私の前に跪いた。ハッとして見つめたその瞳に、揺らぎは一切なかった。




「ダリア・ルーツェンベルク嬢。私はそなたを心から愛している。私と生涯を共にして欲しい。」




 差し出されたのは、濃いダークブルーのサファイアが埋め込まれた指輪。彼の魔力と精巧な細工の施されたそれに、知らず涙が頬を伝っていく。


 まさか。


 彼の様子がおかしかったのも、緊張したような面持ちも。王太子の件ではなく、この為だったと言うの?


「こんなに素敵な指輪…いつから用意してたんです?格好つけ過ぎじゃないですか…」


「愛する女性の前なんだ。当然だろう。」


 そう笑って彼は、私の涙を拭った。


「本当は…こんな形で私達の気持ちを利用したくはありませんでした。」

 両手で顔を覆って呟くと、優しい手が抱き寄せてくれる。


「利用できるものは利用すればいいと、教えてくれたのはそなただ。

 それに…この指輪を私が今日偶然に持っていたとでも?」


 彼の腕の中は、信じられないくらい暖かかった。


「そなたの為に用意した、そなたを私に縛り利用する為の指輪だ。私も同じ気持ちだった。これ以上兄上に期待することは出来ない。兄上を蹴落とし、私が王位につく。そして、そなたとこの国を守ってみせる。既に腹は括っている。今日は初めからそなたに求婚するつもりだったのだが、たまたま兄上があのような騒動を起こしたのだ。

 まあ、こちらとしては好都合だったので放っておいたが。」


 あくまでもアレク様自身の選択なのだと。強調する事で私の心を守ろうとしてくれる彼が、本当に愛おしかった。


「それで。返事は?」


「…本当に私でいいんですか?」


 確認するように問うと、彼は揶揄いを瞳に乗せて私を見た。


「そなたこそよく考えろ。私の妃になれば、リリーローズ嬢の侍女になるのは難しくなるぞ。」


「ふふ、私もそこが1番悩んだのですけれど…リリーローズ様は、私が全てを放り出してお側に侍っても受け入れて下さると思いますが、その関係はもう二度とお友達とは呼べなくなるでしょうね。」


 お互いの瞳を見れば繋がった心を介さなくたって解る。既に答えは決まっているのだ。


「私は欲張りなのです。侍女でいいと思ってましたけれど、リリーローズ様がお友達と認めてくださったのですもの。せっかく与えて頂いた地位を、手放したくはありませんわ。」


 そう言って笑ってみせると、アレク様も同じように笑っていた。


「確かに私は人生をかけてリリーローズ様を敬愛しておりますし、リリーローズ様の為に王太子殿下を失墜させる決意をしました。ですが…」

 ゆっくりと近づきアレク様の頬へキスを落とすと、慕わしい彼の香りがふわりと濃くなる。


「それ以上に、アレク様と共に在りたいと、心が願ってやまないのです。」


 次の瞬間には、私の唇は彼の唇で塞がれていた。甘やかな口付けは熱く、鼓動が跳ねて指の先まで痺れが走る。


「ダリア…」


 私の名を呼ぶ彼の声は低く掠れていて、普段は冷静沈黙で何事にも動じない彼の熱い想いが痛いほど伝わってきた。


「ずっと…あなたのお側にいさせて下さい」


 何とか告げた囁きを、彼は吐息ごと受け止めてくれた。


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