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369 【優しい午後3】


ガチャ、ガチャ――

バァン!


玄関のドアを開けようとしたその瞬間、何かが引っかかる音とともに、勢いよく扉が止まった。

「やばい……チェーン、してたんだ」


謙はハッと息を呑む。そうだった、自分で「チェーンしておいて」って言ったのに。

慌てて扉をそっと閉め直すと、インターホンのボタンを押した。


ピンポーン。


中にいたまいは、すぐに音に気づいたようだった。足音が近づき、すぐにチェーンの外れる音がして、今度こそ扉が静かに開いた。


「ごめん、ごめん。自分でチェーンしてって言ったのに、すっかり忘れてたよ」


謙が苦笑いしながらそう言うと、まいは少し頬を膨らませながらも、安堵の表情を浮かべた。


「もぉ〜、びっくりしたよぉ。ドアに体当たりされたのかと思った……」


けれどその目は、責めるよりも心配していた。


ふと彼女の視線が謙の手元に移る。


「……でも、なにそれ?その荷物の量?……」


「何って、まいがメモに書いてくれたやつだよ。ちゃんと全部見ながら買った。無駄なもんは、一つも買ってない。……たぶん」


謙が照れくさそうに袋を差し出すと、まいはぱっと笑顔になった。


「謙、偉い!」


その一言に、謙の心がふわっと軽くなる。やっぱり、こうして褒められると嬉しいもんだなと、内心思いながらも顔には出さず軽くうなずく。


「でも、まだお酒買ってなかったから、もう一回行ってくるよ。ついでに氷も追加で」


「うん、じゃあその荷物そこに置いといて。私が片付けておくから」


「頼む。で、俺が出たらまたチェーンしといてな。今度は間違えないようにするから」


「はいはい、了解です」


まいは肩をすくめながら、どこか楽しそうに答えた。


「あぁ、そうだ……」


玄関の前でふと思い出したように謙が口を開いた。


「刑事さんが二人、今いるだろ? 何か、差し入れでも作ってくれないかなぁと思って」


何気ない提案だったが、その声には、どこか気遣いと感謝の気持ちが滲んでいた。


まいは少しだけ驚いた、それからすぐに穏やかな笑みを浮かべてうなずいた。


「うん、分かったよ。前にも差し入れ作ったことあるし……今回はおにぎりでも用意しておくね」


「ほんと? 助かる。さっき刑事さんがちょっとだけ話してコンビニ飯ばかりって言ってたから。それにあの人たち、今日もほとんど休んでないみたいだったし」


「そっか……それならなおさらだね」


まいの表情が少しだけ柔らかくなり、すぐにキッチンの方へ視線を移した。

彼女にとっては、誰かのために何かを作ることは、言葉以上に自分の気持ちを伝える手段だった。


「まいに任せたよ。じゃあ俺、行ってくる」


謙は軽く手を振ると、ふたたび玄関へ向かい、ドアを開けた。


「気をつけてねー」と背中に届いたまいの声が、どこか嬉しそうで、優しかった。


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