368 【優しい午後2】
帰り道。
スーパーの袋を両手に提げて歩く俺の姿を見て、隣を歩いていた刑事さんが、思わず吹き出しそうな顔をした。
「……ずいぶんな量ですね」
そう言って、俺の荷物にちらりと視線を向ける。
「少し持ちますよ」と、気遣うように声をかけてくれたが、俺は首を横に振って笑った。
「大丈夫ですよ。万が一何かあった時、“買い物袋持ってたから動けませんでした”なんて言い訳できませんからね」
冗談めかして言うと、刑事さんはクスッと笑った。
「そりゃ確かに。言い訳としては最弱ですね」
「ですよね」
歩きながら、手元の重みを少し感じて、俺は続けた。
「しかも、まだ買い足しあるんですよ。メモには『あとでお酒もお願い』って書いてあって……これだけでも十分すごい量なのに」
「……それ、絶対ひとりで買う量じゃないですよね」
「はい、間違いなく」
俺も思わず笑ってしまった。
刑事さんも、顔をほころばせながら軽く肩をすくめた。
まいと過ごす何気ない日常。
こんなふうに人と笑い合える時間が、どれだけありがたいことか……改めて、そんなことを感じながら俺は歩いていた。
マンションのエントランスに戻ると、先に残っていたもう一人の刑事さんが俺たちの姿を見て、目を丸くした。
「うわ、すごい荷物ですね……お前、少し持ってあげればよかったのに」
そう言って、隣の刑事にやや呆れたような視線を向ける。
けれど、その言葉を聞いて俺はすぐに口を開いた。
「いえ、私の方からお断りしたんです。問題ありません」
そう言って軽く笑い、もう一人の刑事さんの顔を見ながら、にこやかに会釈した。
「ね、そうですよね?」と、少し冗談めかして笑顔を添えると、刑事さんたちも少し肩の力が抜けたように頷いてくれた。
それから、俺は手にした袋を少し持ち上げながら言った。
「この荷物、ちょっと置いてきます。それで……もう一軒、行ってもいいですか? お酒類を忘れてしまっていて」
すると、見守っていた刑事のひとりがふっと笑って、「はい、大丈夫ですよ。……高木さんも大変ですね」と穏やかな口調で答えてくれた。
その言葉には、どこか親しみと理解がこもっていた。
「ちょっと待っててくださいね。急いで置いてきますから」
謙はそう言って、重たい荷物を抱えたままマンションの中へと戻っていった。
そのころ、部屋の中ではまいが一人、床に座り込みながら黙々と家具の配置を考えていた。
ソファの位置、テレビ台の向き、観葉植物の置き場所……
まいは時折小さく首をかしげたり、立ち上がって位置を微調整したりしながら、丁寧に模様替えを進めていた。
「前のレイアウトのままだと……謙、またやな事を思い出しちゃうかもしれないよね……」
そう小さくつぶやきながら、まいはそっと手を止めて部屋を見渡した。
同じ空間でも、家具の配置を変えるだけで気分はずいぶん違う。
それならいっそ、全部変えてしまおう。
過去のつらい記憶を引きずるのではなく、新しい日々の始まりにふさわしい空間をつくろう。
そう思ったのだ。
「新しい部屋、新しい気持ちで……またここから、2人で始めようね、謙……」
まいはそう思いながら、静かに微笑んだ。
心の中に、少しだけ希望の灯が灯っているのを感じながら、夢中で模様替えに取り組んでいた。
家具の角を布で拭きながら、部屋の隅に陽が差し込むのを見つけて、「この辺に観葉植物置いたら癒されるかな」とひとりごとの様に呟く…
謙のため、そして自分自身のために。
この場所が、安心できる“帰る場所”になるようにと願いながら——
まいは今、自分にできる精一杯の優しさを、この部屋に込めていた。




