371 【光と闇の行方1】
まいはキッチンに立ち、炊飯器に丁寧に米と水をセットすると、静かにフタを閉じてスイッチを押した。
「よし、炊きあがるまでに……」
独り言のようにそうつぶやいて、ふと周りを見渡す。
差し入れの準備も大切だけれど、それまでの時間を少し有効に使いたい。そう思った彼女は、先ほどイメージしていた感じを忘れないうちに部屋の模様替えを少しだけ始めだした。
まず手をつけたのは、リビングの中心にあるテーブルだった。
少し角度を変えて、光の入り方がきれいに見える場所へと移動させる。
続けて、ソファーを壁際から斜めの配置に変えてみると、それだけでも空間の印象がガラリと変わった。
「……うん、なんかこっちのほうが落ち着くかも」
まいは小さくうなずきながら、次にテレビの位置も変えてみた。
今までは真っすぐな配置だったが、少しだけ視線の流れをずらすように角度を調整する。
家具の向きが少し変わっただけなのに、部屋全体の雰囲気がやわらかく、居心地の良い空間になっていくのが自分でも感じられた。
小物の配置や観葉植物の置き場所など、次は細かな部分を整えようと頭の中でイメージを描き始めていたそのとき――
「ピッ、ピッ、ピーッ」
炊飯器から知らせの音が鳴り響いた。
それと同時に、ふんわりと温かい湯気と共に、炊きたてのご飯の香りがキッチンから漂ってくる。
まいは手を止めて、すっと鼻をひくつかせた。
「……いい匂い。さ、今度はこっちだね」
模様替えで少しだけ気分転換を終えたまいは、エプロンを手に取り、差し入れの準備へと気持ちを切り替えた。
まいは、軽く手を払いながらキッチンへ戻った。
炊飯器からは、ふっくらと炊きあがったご飯の湯気がまだ立ちのぼっており、ほのかに甘い香りが部屋に広がっていた。
彼女はまず冷蔵庫の扉を開け、中を覗き込む。棚に並んだ食材を見ながら、今日のおにぎりの具材を考え始めた。
「この鮭、塩加減もちょうどよさそう……」
手に取って少しうなずくと、今度は視線を少し横へ移す。
「あと一種類……何がいいかなぁ」
ふと、目に留まったのは小瓶に入った鰹節。
「うん、おかか。シンプルだけど、ほっとする味だよね」
そうつぶやいて、鰹節を器に移し、ほんの少しだけ醤油をたらした。
スプーンで混ぜながら、その香ばしい香りにふっと笑みがこぼれる。
すると、ふとアイディアが浮かんだ。
「そうだ、刻みネギをちょっとだけ入れてみよう。アクセントにもなるし、彩りもきれいかも」
冷蔵庫からネギを取り出し、まな板の上で丁寧に刻みながら、まいの手つきはどこか楽しげだった。
それは、ただの料理というよりも――誰かのために気持ちを込める作業のように見えた。
すべての準備が整うと、まいは清潔な布巾で手を拭き、両手で温かいご飯を優しくすくい上げた。
ちょうどよい大きさに丸め、真ん中に具材を包み込むようにしてにぎる。
ひとつ、ふたつ、三つ――
「みんな、美味しく食べてくれるといいな……」
そんな思いをこめながら、まいは次々とおにぎりを作っていった。
手元には焼き鮭のおにぎり、おかかにネギを混ぜた香ばしいおにぎり。
そして、海苔を巻いたあたたかいおにぎりたちが、並ぶたびにキッチンは小さなぬくもりで満たされていく。
まいの表情はずっと穏やかで、どこか嬉しそうだった。
誰かのために、心をこめて作る――そんな時間が、彼女にとっては何よりの幸せだった。




