第91話 吸血幼女の襲来
「お兄ちゃん、昇格試験、合格したよー」
「本当かっ? すごいじゃないか!」
どうやらセナは無事に昇格試験に合格したらしい。
ほんの数か月前に冒険者になったばかりだというのに、これで早くもCランク冒険者だ。
「はっ、そりゃ、てめぇならCランクくらい余裕だろうぜ」
昼間からお酒をあおりながらミランダさんが鼻で笑う。
「むしろ試験の相手をした奴が可哀想なぐらいだ」
「なんかすごく弱かったー。師匠に魔法を付与してもらった剣、使わなかったのに」
「……それが正解だ。ちなみにそいつ、死ななかったか?」
「うん、一命は取り留めたみたい」
一命は、って……昇格試験って、そんなに危険なものだったのか……?
セナはケロッとしているけど、何事もなくてよかったよ。
そのとき家庭菜園の方から僕を呼ぶ声がした。
「「ぬしさまー」」
ドリアードの双子、ララとナナだ。
ララは青い花を頭に咲かせている方で、ナナはピンクの方である。
ちなみにドリアードに性別はなく、二人とも男の子でも女の子でもない。
「ララ、ナナ、どうしたんだ?」
「ららなのー」
「なななのー」
「ららなのー」
「なななのー」
「ららなのー」
「なななのー」
自分の名前が大分定着してきたようで、呼んであげると凄く喜ぶ。
嬉しそうに何度も自分で連呼しているのは可愛いけれど、すでに何のために僕に声をかけたのか忘れていそうだ。
「えっと、それで何の用なんだ?」
「「……?」」
ほら、やっぱり忘れてる。
まぁどうせそろそろ頭の花に水が欲しいってことだろう。
そう推測して、如雨露で水をあげた。
「はうううー」
「やっぱりぬしさまのお水はきもちいのー」
身体を震わせてひとしきり水を味わうと、双子は土に身体を埋めるため、家庭菜園へと戻っていった。
バサバサバサ……。
「ん?」
ふと頭上を黒い影が横切った。
一瞬カラスだろうかと思ったけれど、それにしては随分と小さい。
「……コウモリ?」
よく見るとそれはコウモリだった。
家の軒下に逆さまに止まり、なぜかじっと部屋の中を見ている。
こんなところにコウモリなんて珍しい。
それに普通は夜行性のはずだ。
そんなことを考えていると、突然ミランダさんが慌て出した。
「こいつは、まさか……おい、ジオ! そいつから離れろ!」
「……? ただのコウモリですよね?」
「ククク、ようやく見つけたのじゃ」
「え?」
いきなり聞き慣れない声が聞こえてきたかと思うと、どこからともなく無数のコウモリが湧き出してくる。
バサバサバサバサバサバサバサバサバサッ!
「ふしゃーっ!」
「ぴぴぴっ!」
「「ふえーっ、なんかいっぱいきたのーっ!」」
ミルクとピッピが毛を逆立たせて警戒し、双子のドリアードは菜園の奥へと逃げていく。
大量のコウモリたちは一か所に集合したかと思うと、不思議なことに人の姿を形成していった。
「ミランダよ、わらわから逃げ切れるとでも思ったか!」
そうして現れたのは、背中にコウモリの翼を生やした金髪赤目の幼女だった。
一見、十歳かそこらの可愛らしい女の子だ。
だけど見た目に騙されてはいけない。
なにせミルクとピッピがこれだけ警戒心を剥き出しにしているのだ。
さらにミランダさんが額に汗を掻き、苦々しい顔をして舌打ちする。
「ちっ、やっぱりてめぇか、ブラーディア……っ!」
「し、知ってる人ですか……?」
人なのか分からないけど、どうやらミランダさんの知り合いのようだ。
でも、いつものぐうたら具合からは想像できないほど真剣な顔で警戒しているあたり、友好的な関係ではないだろう。
「……こいつは吸血鬼だ。それも、とびきり高位のな。この見た目だが、実際には何百年も生きてやがる」
「吸血鬼?」
聞いたことはある。
人間の生き血を吸って生きるという、魔族の一種族だ。
魔族というのは、人間と似て非なる存在。
僕らが信仰している神々とは違う神たちによって創られたらしく、人類とは古くから幾度となく衝突してきて、天敵とも言える間柄だった。
今から数十年前にも、人間対魔族の大規模な戦いがあったそうだ。
二人の間にどんな因縁があるかは知らないけれど、一触即発の空気で睨み合う。
「今度こそ貴様との決着を付けてやるのじゃ!」
「いい加減にしやがれ、ブラーディア! もうあの戦いは終わったんだ! いつまでオレに執着してやがるんだよっ!」
「いいや、まだわらわにとっては終わってなどおらぬ! 貴様に勝つまではの!」
「じゃあ、もうてめぇの不戦勝でいいっつーの! オレの負けだ! はい、おめでとう!」
「そんな決着はわらわの望むところではないのじゃ! 直接この手で勝利せねば気が済まぬ!」
「めんどくせぇやつだなっ! オレは戦いたくねぇって言ってんだろうが! ほら、とっとと帰れ帰れ!」
「いーやーじゃーっ! 貴様が戦うまで、わらわは絶対に帰らぬ!」
怒鳴るように言い合う二人。
うーん……? 確かに険悪な雰囲気だけど、思っていたよりは仲がよさそうだ。
「ふん、どうしてもというのなら、わらわにも考えがある」
「……なに?」
何かを察したのか、ミランダさんが横目で僕の方を見る。
生憎と吸血鬼の一番近くにいるのは僕だ。
もしかしてこれ、僕が人質に取られる流れでは……?
吸血鬼は継げた。
「ミランダよ、貴様の血を吸い、わらわの眷属にしてやる! そうして永遠に馬車馬のごとく働かせてやるのじゃ!」
あ、よかった、僕じゃなかったみたい。
僕が安堵する一方、ミランダさんは絶望したような表情で頭を抱えていた。
「永遠に馬車馬のごとく働かされるだと……っ?」





