第88話 木の精霊
「ジオ、どうだった?」
「そうですね……思っていたより理解のある方でよかったです」
僕の家で待ってくれていたシーファさん(ついでにアニィも)に、領主様とのやり取りを話した。
「これで領主様の公認になったと言っても過言じゃない?」
「公認の家庭菜園……うん、意味が分からないわね」
公認っていうほどじゃないけど、認められたのは確かだろう。
場所は遠くなっちゃったけど、菜園を広げていいって言われたし。
数日後に控える昇格試験の勉強をしていたセナが、ぐったりした様子で近づいてくる。
「お兄ちゃーん、疲れたよ~。何か甘いもの食べさせて~」
「仕方ないな。今、リンゴ切ってやるから」
「わーい」
保存していたリンゴを取り出すと、手際よく包丁で切っていく。
するとそこへ相変わらず眠そうなミランダさんがやってきた。
「オレも腹減ったんだけどよ~」
「はい、どーぞ」
僕はリンゴを丸ごと放り投げた。
「段々とオレの扱いが酷くなってきてる気がするんだが……。しゃりっ……うめぇ」
文句を言いながらもリンゴに齧りつくミランダさん。
それから僕は三つ目の家庭菜園へと転移した。
領主様が帰ったし、ミルクとピッピを連れ戻さないと。
「ミルク、ピッピ、迎えに来たよー、って……あれ?」
「もふもふなのー」
「にぃにぃ」
「こっちはふわふわなのー」
「ぴぃぴぃ」
逃げたはずの謎の子供たちが、ミルクたちとじゃれ合っていた。
戻ってきたんだ……。
「きもちいいのー」
「あったかいのー」
しかも完全に懐いてしまっている。
「にぃ!」
「ぴぴっ!」
ミルクとピッピが僕に気づいてこっちを向いた。
すると謎の子供たちも僕に気づいて慌て出す。
「わわわ! さっきのにんげんなの!」
「もどってきたの!」
「にぃにぃ!」
「ぴぴぴぃ!」
「え? だいじょーぶなの?」
「この土のぬしさまなの?」
ミルクたちと通じ合ってる……?
「ぬしさまー」
「ぬしさまー」
なんか僕を拝みだしたんだけど……。
「これはいい土なのー」
「えいようたっぷりなのー」
「あ、ありがとう」
菜園が褒められたので、とりあえず礼を言っておく。
「それで、君たちは何者なの?」
今なら話が通じそうだと思い、聞いてみた。
「「なにものー?」」
子供たちは顔を見合わせ、仲良く首を傾げてしまう。
「見たところ二人は人間じゃないよね?」
「にんげんじゃないのー」
「ちがうのー」
フルフルと首を振った。
「じゃあ、何者なの?」
「「なにものー?」」
やっぱり分からないかー。
「ごめん、ちょっと難しかったよね」
「「むずかしいのー」」
「ええと、それじゃあ、どこから来たの?」
「「あっちなのー」」
二人はそれぞれまったく違う方向を指さした。
どっちだよ。
「二人とも違うところから来たの?」
「「いっしょなのー」」
うん、埒が明かないや。
「と、とにかく、ここの土が良くて、居ついちゃったってことか」
「「なのー」」
人間じゃないとはいえ、三歳児くらいの子供をこんなところに放置していくのは不安だ。
この家庭菜園には防壁もないし。
見た感じ、悪い子たちではなさそうだし、ミルクとピッピにも懐いてしまっている。
うちに連れて帰ろうかな。
「これと同じ土で、もっと広い場所があるんだ。よかったら一緒にいかない?」
「もっと広いのー?」
「同じ土なのー?」
「うん。そこならここと違って安全だから。危険な魔物に襲われる心配もないよ。それにこの子たちとも一緒だ」
子供たちは再び顔を見合わせてから、そろって頷いた。
「「いくのー」」
というわけで、彼らを連れて第一家庭菜園へ。
「わーっ! 広いのーっ!」
「ぬしさま、すごいのーっ!」
二人は先ほどの何倍もある菜園に大はしゃぎだ。
本当はここよりさらに広い菜園があるんだけどね。
「ちょっ、お兄ちゃんお兄ちゃん! 誰その子たち!?」
「拾ってきた」
「拾ったの!? ちゃんとおうちに帰さなくちゃ!」
「いや、見ての通り人間じゃないみたいなんだ」
シーファさんが言った。
「もしかして、ドリアード?」
「シーファさん、ご存じなんですか?」
「ドリアードは木の精霊。普通は山や森に住んでる」
「木の精霊……?」
「うん。詳しくは知らないけど、聞いたことがある。警戒心が強く、人前に姿を見せることは滅多にない……はず」
確かに最初はめちゃくちゃ警戒されたけど。
「頭に生えている花。あれを摘まれると死んでしまう。だけどとても希少で、人間に乱獲されたことがあるとか」
だからあんなに人間を怖がっていたのか。
それにしても酷いことをする人間もいるものだ。
「おいおい、珍しいもんがいるじゃねぇか。あいつらはドリアードだな」
どうやらミランダさんも知っているらしい。
「あの頭の花を漬け込んで作る伝説の酒があるんだ。一度でいいから飲んでみたかったんだよなぁ」
「ちょっ、ダメですよ!? あの花を摘んだら死んじゃうんですから!」
「心配すんな。自然に抜けた花びらを使うんだよ。それなら死ぬことはねぇ」
「なるほど……」
「ただし、永遠に酒の材料として利用され続けることになるけどな」
「やっぱり酷い!」
かつてはそうやってドリアードを飼育しながら、酒造りをしていた人たちがいるらしい。
もちろん死んでしまったら酒を造れなくなるので、ドリアードは手厚く面倒を見てもらっていたという。
「要するに家畜と一緒だが、それが良いか悪いかは分からねぇ。家畜は野生なんかよりずっと楽に長生きできるわけだしな。ま、いずれにしても人間のエゴなのは間違いねぇだろうが」
ミランダさんが珍しく真面目な話をしている。
意外と大人なところもあるんだなぁ。
「ちなみにオレは家畜に生まれたかったぜ。いや、まさに今がそれかもしれねぇな。ってわけで、これからも飼育よろしく頼むぜ、主人」
……感心した僕が馬鹿だった。





