8 二度目の打ち合わせ
前のファミレスにて、編集TさんとSさんと向かい合わせに、ドリンクバーを頼んで席に腰掛ける。
Sさんはまだ若い――私から見れば相当若い女性だった。どことなくぼーっとしたような、愛嬌のある可愛らしい子(失礼。こういう所が「男性目線」なんですね)で、ちょっと、大丈夫かな、と思わされもした。
ちなみにSさんは後から遅れて到着していて、その前にTさんとサシで話したのだが、その際、額賀澪さんの『拝啓、本が売れません』と言うKKベストセラーズの新刊を参考までに手渡された。
このときまでに私は、Tさんと話すときは「どうしたら売れるか」という視点を交えて話をするようになっていた。
『小説というのは文化活動だ、『売れる売れない』などと、なんといやらしい』
そういう方もいらっしゃるだろうが、作家になってみると、『売る』ということが、どれほど切実で、大切であり、いかに当事者意識を持たされることなのかを痛いくらいに思い知らされることになる。これについては、後で章立てて語ることにしよう。
遅れてきたSさんと挨拶を交わし、名刺を頂くと、さっそく、改稿案をまとめたA4の用紙が手渡された。
まず驚いたことが一点。
「ししゃも(主人公がとりつく猫)が、柊(女子高生)の飼い猫であったことに中盤以降初めて気づきました。冒頭でそうわかるようにしたいです」
へ?
いきなり見えない角度からパンチを食らったような顔になった。
この物語は、女子高生の飼い猫に憑依した、と言う大前提がなければ成り立たない。それがわかったのが中盤以降? なんで?
疑問符を浮かべつつ、思い出した。Tさんも、前作「あなたの未練、お聴きします」では、主人公が女性であることに気づかなかった、ということ。
つまり、そういうことなのだ。読者には、「こんなことまで?」と言う点をきっちり説明しておかないと伝わらない。びっくりするくらい伝わらないと思った方がいい。
作者にとってはわざわざ説明をする必要も無く明らかであっても、読者にとっては未知の世界。きちんと説明しないと、伝わらない。このことは、その後の改稿においても特に注意され、特に気にかけたことだ。
前作で担当だったSさん(今回のSさんとは違う方)もいってくれたじゃないか。
『作者がわかっていても、読者にとってはそうではない。だから、伝わるように書かなくてはならない』
本当にそうなのだ。趣味と商業では、まずその大きな一線が引かれるところに違いがある。誰にでもわかるように書く。これは、絶対条件なのだ。
その後にも、指摘はずらりと並んでいた。
「会話文が続いているところ、コンパクトに」
「百合云々の描写はライトノベルっぽいのでトル」
そして、
「前提として、女子高生とアラサーの会社員は恋愛関係にならない。ラブコメ要素はトルで、アラサー会社員にとって、女子高生はあくまで「子供」。特に性的対象としているところはトル。場面としてはあっても良いが、対応はあくまで「紳士」「保護者」として」
これも、びっくりした。
私の作風として、物語は常に「淡い恋愛要素」を盛り込んでいる。だが、女性目線からすると、アラサーと女子高生の恋愛ってありえないのか。目から鱗だ。
まあ、男性読者としては、男子高校生とアラサーのOLの恋愛って聞いたら「ねーよ。あってもレアケース」と言いたくなるものな。それと同じことなのかも知れない。
また、10代の少女向けではない小説では、「恋愛要素」というのは結構削られるものなのだな、と思った。あるいはレーベルカラーなのかも知れないが、前作でも恋愛要素は極力省くよう指示を受けた。なんと説明すれば良いのか、「つかず離れずの微妙な関係」それが、恋愛漫画にあるような、ちょっとお互いの手が触れあって、赤面して俯く、とか、そういう青春めいた雰囲気ではなく、長年付き添った夫婦に温かい愛情が生まれているような、お互いに落ち着けるような距離。そういう風に持って行きたいということと解釈している。
同レーベルの「万国菓子舗 お気に召すまま」という作品は、そのあたりの関係性が巧く表現されていて、ヒット作となっている、と言うのがTさんの意見だった。
まことに、女性読者の心というのはつかめない。
私に女性経験が乏しいという根本的な理由もあるだろうが……なかなかどうして、難解である。
そうして、話は主人公の描写に移った。
T「そうですね、男性って、ワンピースのサンジみたいなのがウケますよね」
S「あ、サンジ、かっこいいですよね!」
T「小山さんはどうです、サンジ?」
私「あ、いえ、すみません、ワンピース読んだことないんです」
希少種を見るような目で曖昧に笑われた。やはり『ワンピース』などのメジャーな漫画は業界では公用語なのだろうか? でも、最近になってジャンプ漫画なんか見てないもん。
Tさんは続けた。
T「そういえば、tonoさんに原稿読んでもらって、ラフあげてもらったんですよ」
私「ほんとうですか? もう? こんなに早く?」
T「はい、こんな感じなんですが、どうですか?」
私「……!」
びっくりした。すごい。巧い下手とか、そういう次元じゃない。
このイラストには「物語」がある。このイラストを見ただけで、「吾輩が猫ですか!?」の物語が「語られている」のがありありとわかる。
主人公と女子高生の微妙な距離感。取り持つ猫のかわいらしさと存在感。
私は一気に惚れ込んだ。tonoさんという方が、これほどの人だとは、正直思わなかった。
私「いい……いいじゃないですか?」
S「いいですね、これ!」
T「そうでしょう? 後は、この2人の向きをちょっと変えてもらったり、猫の手の位置を変えてもらったりしようと思っているんですが」
私「いや、これ、もう、これで十分でしょ……」
Tさんは苦笑を返しただけだった。このときの苦笑の意味を、私は後で知ることになるのだが……ここではその道のプロはやはり凄いというにとどめておく。
話は、原稿のことに戻った。
S「何というか、最後の柊のトラウマが重すぎる気がするんです」
T「そうですね、ちょっとこれは重すぎる。変更することって出来ますか?」
私「そうですね、重いですか。なら、ここは少し後味が悪くないようにします」
T「それとですね、この作品、いじめ問題が結構取り上げられてますよね。いじめいじめと重なると、やはり重い感じがします」
S「あ、そうなんですよね」
私「そうですか……どうしますかね」
T「こっちのいじめの話を、もう少しライトな感じにしませんか。いじめではなく……」
私「章タイトル事方向性を変えるということですか?」
T「いえ、そこまでは。ただ、内容をもう少しコメディっぽくする感じはどうでしょう?」
私「なるほど……そうすると、この章は書き下ろしになりますね。あと、最後を変えるとなると、すべての章に修正と、最後のオチも変わりますね」
結果的に、原稿の4分の3以上をいじることになる。書き下ろし部分は3分の1程度。限られた時間の中で、いけるだろうか?
私「そういえば、若い作家さんの意見で、今の高校生にはいじめもスクールカーストもない、と言われちゃったんですが……」
T「それなんですよね。私らの世代では普通にあったし、自然に受け入れられたんですが、どうですか、Sさん」
S「そういえば高校の頃は……」
T「でも、最近出た本で、まんま『スクールカースト』っていうタイトルの本があるんですよね。ですから、そこは創作と言うことで、小山さんのやりたいようにやって頂いても良いともいます」
私「そうですね……いえ、せっかくもらった意見なので、極力直す方向で」
S「ぼっちの話に関しては、高校デビューで失敗、というのはあるかも知れませんね。ワタモテ(私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! と言う漫画。アニメ化もした)の最新刊読んで、私泣いちゃったんですよ」
私「あー。でも、泣いたんですか?」
T「ワタモテ? なんですか、それ」
S「地味系の女の子が高校デビューを試みるんですけど、失敗するお話なんです。でも、刊を追うごとにそんな女の子の周りにも友達が増えていって。女の子本人は自覚してないんでいつも通りなんですけど、その子の周りの友達関係が進展していく、そのことが何か来ちゃって……」
私「あー、わかります。本人、何もしてないのに、周りの友人関係を取り持つというか……」
S「そうそう、そういう感じです」
なるほど、これは使えるかも知れない。ただ、それを描写するには、私の作風は直球過ぎる。そういうのを好むSさんと、巧くやっていくことは出来るのだろうか?
S「それと、思ったんですけど、この作品って『友達だから』っていうのを、かなり強調してますよね。友達って、そんな『友達!』って強調するものではないというか、もっと自然にあるものだと思っていて、そこに違和感を感じます」
私「はあ……」
なんてこった。リアルの友達少なすぎるから、そんな感覚わからなかった。高校の卒業式が終わった後、打ち上げにも呼ばれず、1人悲しく帰途についたトラウマがよみがえった。
友達って、重要じゃないの? 友達って何なの?
もはや哲学に入ろうとしていたが、「なるほど」とそこは曖昧に笑った。
私の眼鏡の奥の悲しげな光に、果たして2人は気づいただろうか?
時間も押してきて、Tさんが言った。
T「それでは、今後の改稿なんですが、Sさん主導ということで、お願いしてもよろしいでしょうか?」
S「はい、大丈夫です」
私「よろしくお願いします。特に、女性の意見は重要なので、よろしくお願いします。書き下ろし部分のプロットはできるだけ早く送りますので」
そうして、二度目の打ち合わせはお開きになった。
3月も末。プロットだけではない。『初稿』の期限が4月頭。
プロットを練って、ラストを変えて、それぞれの章を調整する。
加えて、大幅に削り、しかも矛盾が出ないように注意を払う。
言われた『男性目線』を直し、とびらのさんに頂いた厳しめの意見はできる限り取り入れる。
その作業を10日ほどの期間で。仕事をしていないとはいえ、かなりタイトなスケジュールだ。
帰り際、最初にTさんに差し出された、『拝啓、本が売れません』という本を手に取った。
私「それじゃ……あの、これ、頂いても良いんですか?」
私は冒頭で参考図書として渡された「拝啓、本が売れません」を手に取って尋ねた。
T「あっ……! えーと、それは、えーと……いいですいいです! もう読みましたから!」
私「あ、(くれるつもりじゃなかったのね)無理矢理頂いて、なんか申し訳ないです」
T「いいですいいです!」
Tさんは快く言ってくれたが、その額に、一筋の汗が伝うのを私は見逃さなかった。
……さて、この頂いた本、『拝啓、本が売れません』なのだが、これを読んで、私は今現在の日本では改めて本が売れないこと、売れないとはどういうことなのかを思い知らされることになる。
次のパートでは少し趣向を変えて、『売れること』についてフォーカスしようと思う。
作家が商業デビューすると、『作品を世に出す』ということに加え、どうしても『売れるものが書きたい』『売れたい』と思うようになるのが常だ。
それがどういうことなのか、友人の作家さんたちの気持ちや動向、そして作家を取り巻いている状況を交えて、少し語ろうと思う。
話はわき道にそれるが、是非、お付き合い願いたい。




