16 作家になるとよくある変化
晴れてデビューを果たし、「作家」の末席に名を連ねると、色々世界が変わってくることがある。
その中のひとつめとしては、『商業受けしやすい文章が書きやすくなっている』というのが挙げられる。良くも悪くも、編集に入って貰い、文章を何度も直す上で身につけた『商業用の文章力』というものが磨かれ、それまで以上にわかりやすく、テンポの良いものを書くように、知らず知らずに心がけるようになる。
「わかりやすく、読みやすい文章」を書くことを上達というのならば、商業化の経験でその文章力は格段に上がる。コンテストで書籍化作家が選考を突破していくことが多いのは、こういった経験に裏付けされていることも多いと思う。
第二に、いったん商業を経験すると、人によっては『売れ線』を狙うようになる人がいる。さらに細かく言ってしまうと、「編集受けが良さそうな作品」を書くようになる。
新人のように、尖ったものを書き続けるのもひとつの作家性だが、いったん商業を経験し、もう一作商業で、となると、『出版されたときに売れそうなものの』=『編集受けが良いもの』を追求するようになる。私自身も、そのイタイ傾向には毒されてしまった。
このことを、「それは間違っている!」と声を大にして言いたい人もいるだろう。
だが、どうしても陥りがちな傾向なのだ。
しかし、市場分析をして、次作は前作より売れるものを、と禅問答を繰り返し、結局それが自分の首を締めて自滅していく人たちも作家自身であり、その数も枚挙に暇はないのだから、このことをあえて強く批判する必要は無いと思う。
痛い目を見るのは作家自身である。
ただし、それで成功する作家も多数いる。要は、善悪の物差しで測れるものではない。
商業を経験すると、「物語を作る過程」の楽しみはもちろん、シビアな「結果」に常に目を向けるようになる。
それを「夢を失っている」「拝金主義」「魂を売った」と言われれば、返す言葉もない。
だが、ひとつだけ確かなことがあるとするならば。
どんな作家だって、「自分の物語を伝えたい」のである。
「売れたい」というのは、自分の物語が1人でも多くの人に渡って欲しい、ということなのである。
ところで、ラノベで商業デビューをした人は、「ラノベ作家もの」や「編集もの」を書きたいという欲求に駆られる人が多いように思える。かく言う私もその1人で、一作、編集ものを書いている。それはとある賞の最終選考に残っただけで、結果は出せなかったが、出版業界の裏事情を少し知ると、やはり書きたくなるものなのである。
実際、ラノベ作家を主人公とした作品は、最近ではアニメ化されていることもかなり多い。そして、それは同じ作家から見ると、やはり面白い。
出版業界とは縁もゆかりもない方には「ふーん、それで?」というような「あるある」も、恐らく当社比2倍くらいで面白くなる。私はそれらのアニメを好んで見たし、作家や漫画家を主人公にした漫画は、Kindleにかなりダウンロードされているくらいだ。
これもデビューの副産物と言えば、そう言えるかも知れない。
そしてデビュー後に変わること、その大きな変化については、Twitter内のことである。それを忌避して、Twitterを極力やらなくなる作家さんも多い。
まず初めに、自分で本を出すと、発売告知が流れてきた他の作家さんの本は中古で買えなくなる。自分自身の本が中古で買われることの悲しさを知っているが故に、罪悪感あるいは他作家さんへのシンパシーからどうしても中古では買えなくなってしまうのだ。
かくして、家には読まない本が山積するようになる。
作家つながりでTwitterで交友関係を作っていくと、絡んでるフォロワーさんの新刊発表が月に最低でも2冊は出される。もちろん自作を買ってくれたり、よく話している作家さんのは、義理もあって、やはり買わなければいけないような気持ちになっていく。
読むスピードよりも、発売するスピードの方が早いのだ。このようにして、買うだけ買って、読むまで手が回らない本が増えていく。
失礼なことだとは思う。読みたいとも思う。しかし、Twitterを追いつつ、仕事や趣味をやりつつ、自分の原稿をやりつつ、さらに本を読むというのは、かなり大変である。
このようにして、頂いた印税を切り崩しながら、他作家さんの本を購入し、さらに積み本が増えていくのである。
ちなみに、私は今、読んでない本が30冊ほどある。これがさらに毎月増えていくかと思うと、正直、頭が痛い。
また、Twitter作家仲間界隈では、「オフ会」が頻繁に行われているようだ。
これには、本当に驚く。オフ会を開く作家さんたちの皆が皆、本当に美味しそうな、しかも高級そうな食事を囲んでオフ会をする様の写真を次々アップしていくのは、もはや驚天動地である。
何でそんなに金と休みがある!? お前らはブルジョアジーか!? 社畜舐めんな! と小一時間くらい問い詰めたいところである。
作家さん同士と言うことで、外部には絶対漏らせない話で盛り上がることも往々にあるとか。実に面白そうである。
……と、さっきから、文章が伝聞調であるのは、私が本を出してからは、一回も(ただの一度も、である)他の作家さんとのオフ会に顔を出したことがないからだ。
仕事をやっていたときは休みの日には寝ないと仕事続かなかったし、お金もなかった。幸い、一、二回遊ぶくらいの印税は入ったが、どうしても休日は体力回復以外に使えなかった。まあリアルの友達の誘いすら断っていたのだからしょうが無い。
そして現在では、アラフォーのメタボおっさんが作家オフ会などと言うおしゃれなものに顔を出すことに、とてつもない背徳感を感じずにいられずはいない。たとえ誘いがあっても徹底的に逃げ廻る所存でいる。こんなメタボおっさんが、あの作品を書いたと思われたら、もう恥ずかしくてTwitterに浮上できなくなる。自業自得とは言え、何か悲しい。
また、Twitterと言えば、デビュー後は自由なツイートが制限されることは言っておこう。ネガティブなことを言うとフォロワーは減る。なので、あえてポジティブかつハイテンションなことしか言わなくなる作家さんは多くいる。
政治的な発言は極力控えた方が良い。これは、出版社サイドも嫌がるときがあるし、何よりファンが減る危険性が大きいからだ。
さらに、これはよくやってしまうのだが、自作を出した出版社に対する悪口は、徹底的に避けるべきである。確かに、酷い誤植を生んでしまったこととか、販売方法に不満があることはある。だが、これはわざわざ読者である、Twitterを見てくれている人に見せるものではない。「私が悪いわけじゃないんだ、出版社が悪い」といって、作者が個人的な溜飲を下げたとしても、読者にとってははっきり言って反応に困るのである。
むしろ、そういう作家のネガティブな面を見て、離れていってしまう読者もいるだろう。
以上のように、Twitterの弊害について長々と書いてきたが、実は、最大の愚か者は私である。
ちょうど前作を出したときには、Twitterとの付き合い方がさっぱりわからなくて、自己満足の悪ふざけが楽しくて堪らなかった。女性に親父ギャグで絡んだり、過激な発言をしてみたりすることが多くあった。それがキャラ作りだと思っていた。わずかばかりの出版社への苦情めいたことも発言した。
その結果、どうなったか。
やはり因果応報なのである。このことで、私の発言に気を悪くした人が、アマゾンレビューに、「この人のTwitterは見てはいけない」というタイトルで★1をつけてきた。もちろん、身に覚えもない悪意のある文は多く書かれてあるのだが、心当たりがないと言えば嘘になることが、ずらずらと書かれていた。そのうえで、前文に「作品は良かったが、Twitterが……」と前置きされて★1である。これは堪えた。
もちろん、そんな作品に対すると言うより作家への個人的な攻撃に対しては、擁護に廻ってくれるレビュワーさんもいてくれた。
だが、やはりデビューしたら、Twitterその他のSNSは、作品だけではなく、作家の性格までチェックされているという前提で発信した方が良い。
何より、デビュー前や、いや、デビューした後でも、以上のことは、作家さんにはやはり気をつけて欲しいことである。
Twitter等のSNSは、編集さんがチェックした上でオファーを出すかどうかの判断基準にするところが多い。「面倒くさそうな奴だな」と思われたらおしまいである。
ゆめゆめ、お気をつけ願いたい。
まあ、ネガティブツイートってしたくなるんですけどね。落ち込んでるときは「死にたい」って呟きたくなるのが普通だし、それを押し殺して「ウェーイ!」と言い続けろ、というつもりはない。
ただ、「そのツイート、読者だけではなく、出版社にも見られてますぜ?」という、怪談じみた事実には、新人作家の忠告として、触れておくとしましょうか。




