15 初稿戻しと今明かす書籍化のトラウマ
前作、そして本作において、私は本当に良い編集者に恵まれている。
だが、これを読んで、出版が決まった人についてくれるすべての編集者が、こんなにもありがたいと思える境遇に恵まれるとは思って欲しくない。
それが何より、私がファン文庫の編集者を信頼する根源となっているのだが……。
まあ、それは後半で語るとして、まずは「初校戻し」について語ろう。
ここはあまり触れることが少ない。
初校を上げた後、編集から戻ってきたのは、A4PDFファイルにして、わずか5ページの直しだった。表記の統一・てにをはの微調整などは編集が軽くチェックしてくれると聞いていたが、これは衝撃だった。
前作「あなたの未練」では、初校が上がった後でも、ゲラでは直しきれないと言うことで、データ上で全原稿に渡り、大幅な直しをしていた(校閲が入った後の直しだったため、ストーリーのクオリティが上がっても、誤字が多く生まれてしまう結果となったのだが)。
それが、今回はPDF5枚。
何かの間違いか、見間違いか? と、目を擦ってしまったくらいである。
もっとも、今回は初校を上げる前に、徹底的に推敲し、矛盾やミスを潰してある。
本来の校正が入った後の直しとはこういうものなのか、と驚きを隠せなかった。
そして、直された箇所から派生する直しを、今度はすべての原稿に渡って加えていく。
前述したとおり、一カ所直すと、それと矛盾しないように、あらゆる箇所を直す必要が生まれてくるのだ。
そして、推敲に推敲を重ね、矛盾点も潰し尽くしたところで、今度は余裕を持って編集に原稿を戻した。
送られてきたSさんの受領メールに、「初稿から、めちゃくちゃ良くなったと思います!」の文字を見たときには、思わず顔がほころんだ。
本当に、編集には支えられてばかりだ。
さて、初校戻しの話はこれで一区切り。
最初に挙げた、私のトラウマとなっている「一番初めに貰った書籍化話」について語る余白は、まだ十分にあるだろう。
それは、とあるネットの小説コンテストでの話。
私は大賞こそ逃したが、急遽「奨励賞」という賞を作るので、原稿を直してチャレンジしてみないか、と誘いを受けた。
よく都市伝説で「受賞の報告は、コンテスト結果発表前に来る」というのがあるが、その時は『奨励賞を新たに設ける』と言うこともあって、まさにそれだった。
ただ、すべてのコンテストがすべてそうであるとは言い切れない。
それというのも、『前日になっても連絡来ない。もう受賞はない……』と酷く落胆していた作家さんが、当日の発表になって受賞を知らされる例というのも、確かにあるからだ。
これについては、私は経験が浅く、はっきり断言できることではない。
ただ、発表前に受賞を知らされるコンテストもあるし、そうでないコンテストもある、という推測をするしかない、というのが正直なところだ。
前日まで連絡が無くても発表日に受賞を知らされることも確かにあるようなので(伝聞)、コンテストに参加した方は、早々に諦めないようにして欲しい。確かに、精神安定上、あまり良い経験ではないのだが。
そういうわけで、初めての賞獲り。初めての書籍化。
私は、本当に舞い上がっていた。
「書籍化にあたり、担当させて貰いますZです。よろしくおねがいします」
「はい!」
「で、今回の賞なんですが、今流行りのライトミステリーよりにしたいんですよ」
「この物語をミステリーに……? すみません、私はミステリーは書けないんですが……」
ミステリーは何百冊ものミステリーを読み込んで数々のトリック知識を網羅してないと、到底書けないものだと、私はどこかで聞きかじっていたから、この申し出には二の足を踏んだ。そもそも賞に出した作品は、ミステリーというジャンルにかすってすらいなかった。
「ああ、大丈夫です。軽いミステリーで良いので。とりあえず、物語はいちから書き直すとして、プロットを送っていただけますか?」
「あ、はい。すぐに送ります」
私が書いた物語は、法律をメインとした、成長ものの法律×青春小説だった。
法律知識――それも、「法律ではこうなってるの!?」とびっくりするような法律を盛り込んだストーリー。それが私の目指すものだった。
それでも、私にとっては初めての書籍化のチャンス。
胸躍り、意気揚々とプロットを作って、編集に提出した。
Z編集から電話があった。
「……プロット提出ありがとうございます。読ませていただきましたが、どうもインパクト的に足りないです。どうでしょう? 一話目をオタクとヤンキーの決闘にして、そこに颯爽と法律知識を持った美少女が現れる、というのは?」
「オタクとヤンキーの決闘……ですか?」
呆気にとられた。賞を取るという作品とストーリーラインもテイストもキャラクターもまったく関係が無い。斜め上どころか、凄まじくぶっ飛んだ提案だった。何よりそのアイデアを受け入れた時点で、作品はぶち壊しだ。
それでも、初めての書籍化を夢見る私は、「それはないだろ」という思いを飲み込んで、その提案を受け入れた。
「わかりました。それに法律知識を絡めてみます……」
編集Zと協議を重ね、ぶっ飛んだ提案を受け入れてできあがったのは、「オタクがアニメ絵の書かれたイタイ自転車に、不良に落書きされてぶち切れる。オタクを庇う軍勢と不良の軍勢が一触即発になったときに、『通行の邪魔よ、どいてくれない?』とクールな美少女が現れ、不良がやったことは器物破損に当たること、オタクのイタイ自転車は著作権に抵触すること、そして2人が喧嘩をすることは決闘罪に抵触することを告げ、『さあ、警察呼びましょうか? 捕まる覚悟は出来ていて?』ととりなす」という、どうしようもないアクロバティックなストーリーだった。
編集Zから電話がかかってきた。
「うーん、いいですねー。まだインパクト足りないので、法律のことはちょっと置いておいて、後は決め台詞! これ、決めましょう。主人公はこれでヒロインに憧れてついて行くって感じで! 1巻の最後には、仲間が集まって、『これが後に街を揺るがす、伝説の法律家3人組の結成の瞬間であった』みたいな感じで! それと、これ、ミステリーにしましょうよ」
もはや原作のストイックな流れも、法律的な知識も、主人公の立場もまったく必要とされていない。
「これをミステリーに……? いや、私はミステリーは書けないと……」
「大丈夫です。プロット、直したものを送るので、また修正お願いします」
返ってきたプロットは、99%が赤線を引かれ、私が書いた文は1行しか採用されていなかった。もはや私が書いているのではなかった。Z編集者の提案を受けて四苦八苦して完成させたストーリーラインこそ採用されていたが、私の言葉は、編集の赤字に埋もれて、まったく尊重されていなかった。
それでも書籍化の夢は捨てきれず、修正したプロットを送った。
また編集Zからの電話が来た。
「んー、良くなりました。ただ、インパクトが足りない。それで、これをどうミステリーに持っていくか、なんですが……」
「ですから、ミステリーは書けないと」
「はい。……それで、ミステリーに持って行くためには……」
「……とりあえず、物語に使えそうな法律と、法律を当てはめられるプロットを送りますので、見ていただけますか?」
「はい、それはもう」
必死の抵抗だった。私が書いたのは『法律×青春ストーリー』だ。
決して、ぶっ飛んだ設定と萌えが優先されるキワモノではない。
それでも書いた。
六法や資料と首っ引きで、使えそうな法律、面白そうな展開を考えて、編集に送った。
Z「資料ありがとうございます。まあ、一話はちょっとこれで置いておいて、二話目を考えましょう。あっと驚くようなミステリー展開でお願いします」
私「……はい、わかりました」
二話のプロットを送った。
返ってきたのは赤い棒線で引っ張られた、99.9%が編集の赤字で埋まったプロット。
しかも提案内容は、原作をまるっきり無視した、荒唐無稽極まりないアイデアで埋め尽くされていた。
物語を書いているのは、もはや私ではなかった。
設定もストーリーもキャラクターもぶち壊され、残ったのはタイトルだけだった。
私は名前を貸しているだけで、それはもはやZ編集者の物語だった。
心が折れた。
「もう限界です」
その言葉をEメールで送り、出版の話は流れた。
最もその後、さらに酷い提案をされることになったのだが、ここではこれ以上触れない。
思い出したくもない。
心が折れるのと同時に、私は書籍化に、出版業界に幻滅して、筆を折った。
もう、二度と書く気は無かった。
……だが、そうして何一つ作品を書くことなく、二年が過ぎ、突然送られてきた『小説家になろう』へのメッセージが、私の作家人生を一変させる。
それこそが、『あなたの未練、お聴きします』のオファーだったのだ。
私は再び折れた筆を持ち直し、書くことに決めた。
編集とは最低の人種もいると知っていたから、もう心は折られないつもりだった。
これで前回と同じような流れになるなら、もう書籍化など知ったものか、という気持ちだった。
だが、そこで出会った編集者たちは、熱い、熱い人たちだった。
こうして、その時の物語を綴ったのが前作、『出版前夜祭』だ。
出版業界は捨てたものではない。書き続ける価値があるのだ、と、本当に教わった。
感謝してもし尽くせない出会いだった。
さて。苦い経験を話してしまったが、こう話したことは出版業界では決して珍しい出来事ではないことを付け加え、話を閉じることにしよう。
良い編集に担当して貰える、というのは、本当に幸運以外の何物でもないのだ。
――どうか、あなたを担当する未来の編集者が、信頼の置ける、よき戦友となりますように。




