第五十二話 十一月十三日 朝
なんてことのない日。
ただの平日で、いつも通りの日。
……けれど、今日の僕にとってはその限りではないと言っていいだろう。
なんてこのない日? ―――いやいや、とんでもない日の間違いじゃないか?
だって今日は――――!!!!
「あっ、陽太くん! 早いね!?」
ふと横から声を掛けられ、視線を向けるとそこには嗚呼マイエンジェル――藍原 唯さんがこちらに向かって手を振っている。
いや待て、女神か? いやいや違う、天使だ。
恵まれた人生を迎えた俺を優しく迎えに来てくれた天使としかいいようがない。
おっと、冷静になれ自分……!
その姿に思わず目を奪われて危うく返事を忘れるところだった。
これを言わなきゃ、始まるものも始まらないよね!
「ううん、今来たところだよ」
「あーっ! それって普通は女の子がいうセリフじゃない? でもありがとう!」
ありがとう????
ここでそう言ってくれたことに対するアンサーだと!?
やはり藍原さんはとんでもないな……。
しかし何度聞いたかわからない言葉を言われた僕は、恒例の苦笑いととぼけ顔で誤魔化す。
今日は、特別な日。
なぜなら、僕は今日―――彼女にも本当のことを告げるから。
―――ではなく。
「でもまさか陽太君の方から今日お誘いがあるとは思わなかったなー! はいこれ! お誕生日おめでとう!」
そう言って渡されたのは小さな袋。
丁寧なラッピングだけでもうすでに期待値は溢れんばかり。
僕は今度こそ本物の笑みを浮かべてお礼を言う。
「うわぁ! ありがとう!! すっごく嬉しいよ! ねぇ、開けてみてもいい?」
「あははっ、喜んでくれるか分からないけど……」
「そんなことないよ! 藍原さんが僕のために考えてくれたっていうだけで嬉しいよ。本当にありがとう! えっと……あれ、これって……珈琲豆……?」
珈琲豆……????
ん? あれ? なんでだ???
僕好きって言ったっけ???
んあ、いや、でも嬉しいけどね!? 嬉しいけどなんでだ??????
「うん! ほら、陽太君ってカフェでバイトしてるからこういうの好きなのかなって……思ったんだけど……あ、もしかして嫌いだったり……?」
「いやいやいやいや!! そんなことないよ! 珈琲好きだし! 毎日飲むよ!?」
「……! そっか……! それならよかった~!」
なんだ、そういうことだったのか~……ってアレ?
僕って、藍原さんにバイト先教えてない……よな……?
何で知って……いや、そんなことはどうでもいいか!
簿少女が僕のためにプレゼントを選んで買ってくれる……うん、むしろこっちのがおかしいしな。
「って、そういえば今日は藍原さんが色々考えてくれるって言ってたけど……これからどこ行くの?」
「ふふーん! そうそう! 今日はね陽太君のためにプランを考えてきたからね~!」
「まずは~! ご飯を食べよっか!」
◆◇◆
お洒落な空間、といえばそれだけで想像がつくだろうか?
狭い店内ながらに観葉植物やら、外国の絵画やらが飾られた隠れ家のようなカフェ。
藍原さんが選んでくれたその場所は、まるで都会の片隅に隠された秘密基地のようで、僕みたいな陰キャが一人で来るには場違いすぎるほど洗練されていた。
―――そう、一人ならね。
「ここの珈琲がね、すっごく美味しいって評判でね? 陽太君といつか来てみたかったんだ~!」
「ん~! 本当に美味しいよ! え~、僕のためにありがとう!」
僕の体面に座る眩しいばかりの笑みを浮かべる美少女である彼女は、フォークを軽快に動かしながら笑っている。
僕のために調べて僕と来たかったなんて……!
そんなの! そんなのじゃんか!!!!?
っとと、冷静になれ……。
ここで童貞丸出しの行動なんて晒せばお洒落なカップルに見えなくもないこの雰囲気も一転、アイドルとマネージャーのような立ち位置になってしまう!
ううむ……あっそうだ!
確かこういう時に使える小手先テクニックみたいのをネットで見たな?
なんだっけ……確か……。
「あっ……と、あ、藍原さん、こっちの珈琲も、飲んでみる……?」
うんうん、これなら自然なカップルに見えるな!
……ってあれ? 藍原さんどうかしたかな?
何でこっち見つめて―――。
( ^^)
オイ、待て。
―――いや、いやいやいや、いや、待て待て待て待て????
あれ?何も考えずに言っちゃったけどコレって間接キ――――。
「あっ、あ~……! だっ、、ダイジョウブ、だよ!? あっ、ありがとね!?!」
そういって断る藍原さん。
……そうか、いや、そうだよな……。
流石に貞操観念が逆転してても、線引きはあるもんね……。
いや、むしろいいんだけどさ……す、少しだけ傷ついてもいい、よね―――?




